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Re: 巫女の少女と命使いと キャラ人気投票結果発表! ( No.77 )
日時: 2010/11/26 19:03
名前: 山口流 ◆v9R3ODctWg (ID: NhgkHXib)
参照: http://ameblo.jp/mekurumekunovel-blog/

 急に心臓の鼓動が速くなった気がした。
 押し入れの中に入っていた多種多様で、膨大な数を誇る他の古き良き骨董品——というより、もはや古美術(誰かの趣味か何かかね)の域にまで達する物にではない。
 自然と、一瞬にしてそこに目が行った。
 押し入れの奥の上——何故か存在する神棚。そこに飾ってある真っ白な封筒に俺の本能が反応している——気がする。
 何故かと言われても分からんが、何故かそういう気がするのだ。
 俺は中に入っていた物に左手をついて神棚に右手を伸ばす。届かない。
 何でこんなに高いんだこの押し入れは。もっと人間に配慮をした造りにすべきだ。
 流石に中に入るのは少々罪悪感があるので、さらに左手に体重を乗せて体を支え、右腕を限界まで上へ伸ばす。
 チッ、封筒に指先が——触れた。
「——————!」
 封筒がはらりとそこから床へ自由落下を開始するのと同時に、全身の力がそこから無理やり引きずり出されるような、言語化できない不快感、浮遊感、嘔吐感そして指先が全て引き千切られるかの様な激痛を全く同時に叩きつけられた衝撃が全身を駆け抜ける。
「————うぉっ、うぉぇええ! がぼぁっ! がああっ! あがっづああああっ!」
 左手を床につき、ほふく前進の形になると同時に、意味の理解が不可能な喘ぎ声と呻き声を洩らす。
 右手で口を押さえて極限まで音が漏れないように配慮したうえでだ。配慮が行き届いているだろう?
 まあ、とっさに口を押さえただけなのだが。
 しかし何なんだこれは。説明ができないこのもどかしさが恨めしい。
 無理やり例えるなら……そう、強烈な吐き気に襲われている中、バンジージャンプを慣行しつつ全身に五寸釘を滅多打ちされるような状況の、更に十倍くらい酷くなった物だ。
 あいつらは全員こんな事に耐えて神滅者になったっつーのか?
 屈強な精神とか、健全な肉体とかそういう理屈でできる事なのかそれは?
 できない。できるわけがない。
 冗談ではない。二度とこんなことできるか。
 体が持つ持たない以前に精神的に、感情的に、本能的に、この体験をもう一度するという命令を、人間の自己防衛本能のせいなのか、大脳が発さない——いや、発することができないのだ。
「逃げるのか」
 背後から疑問符が付かないであろうトーンで、唐突に疑問が投げかけられる。
 振り返ると、そこには布団で上半身を起き上らせた神之宮がいた。俺は息を整えてから、
「ハアッ、ハアッ。ふー……悪いな。起こしちまって」
「別にかまいはしない。そんなことよりも今重要なのは君のことだろう」
 神之宮は黒々とした両眼で俺を見つめる。両目で、しっかりと見据えてくる。
 俺は返答する、
「……逃げるわけじゃない。俺は元々責任感は無駄にあるんだよ。だがな、所詮は精神論さ。俺にいくらやる気があろうとも、肉体的に不可能なことは不可能でしかない」
 そう。これは当り前のことだ。やる気があるからと言って何でもできるのでは、この世は完璧超人しか存在しえない世界になる。
 そんなものがないからこそ、この世界は平等であり、かつ不平等でもある、俺の愛すべき、安定した、普通の世界になりえるのだ。
「逃げたいかどうかと聞かれたら、君は何と答えるのだ。正直に言ってみろ」
「……さっきまでお前の事、人の事を無視し続ける、血の通っていない冷たいヒューマン型ロボットか何かだと思っていたが、意外と善人だったな」
 おそらくこいつも俺と同じでこの体験で耐えられないと思った側なのだろう。
 だから同じく酷い目に遭っている俺のことが見過ごせなくなった……。
 と、ここまで好意的に解釈してやったんだが、合っているのだろうか?
「質問に答えろ」
 俺の解釈が間違ってそうな痛烈な切り返し。愛想笑いとかできんだろうな、こいつ。
「心情を素直に吐露するなら」
 そう、もしも俺が素直に心情を吐露すると、
「逃げたい。超逃げたい。今すぐこの場から消え去りてえさ」
 これが俺の本当の心情なのだ。これは絶対に変わらない。
 ただ——それでも、
「だがな、さっきも言った通り、俺は無駄に責任感があるんだよ。困ったことにな。しにゃならんのなら」

「死に物狂いでやってやる」

「……とまあ、これが俺の考えであり、かつ心に決めている座右の銘だ」
「……承知した」
 神之宮何かに納得したかのように、目を閉じて頷いた。
「骨董品を掴め。そして耐えろ。そうすればそこから先は自らの本能で行ける」
 俺は神之宮の命に従い、封筒を鷲掴みにした。乾いた紙がクシャリと音を立て——
 目の前から、部屋の光彩が消えた。