コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

 2 ‐ 04 ( No.29 )
日時: 2010/10/17 22:52
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

◆ 2 ‐ 04

 この際認めてしまおう。わかった、俺は認めることにする。こいつは、このルーニャとかいう黒猫は喋れる。よしオーケー。もうあーだこーだいってても全然話が進まないから、一応このおとぎ話のような事実を俺は受け入れるよ。これでさっきよりは話がスムーズに進むはずだ。
 さて、で、話を聞こうじゃないか。明らかにこれは重大な話がされる雰囲気だ。さすがの俺でも真剣に聞こうと思い、きちんと椅子に座る。本当なら今は胡坐をかきたい気分なんだけれど、そんなことを言ったら、可愛らしく見せかけてかなり危険なネコパンチを食らう予感がするのでやめておこう。

「——じゃあ、よーやくアホ人間も落ち着いたみたいだし。色々とお話しますね、クレア様」
「くれあ……?」

 アホ人間とはやっぱり俺のことみたいだ。めちゃくちゃ失礼じゃないかルーニャ。そして紫音も首を傾げたけれど、クレアって誰のことなんだ、アホ猫。様付けするってことは、それは要するに何度もアホ呼ばわりされた俺より数倍位が高いってことだよな。

「……そうですよね、おわかりにはなられませんよね」

 少し悲しそうにルーニャが呟く。うーん、やけに丁寧な敬語だな。さっきと全然違うじゃないか。俺への態度と。

「クレア様は、クレア・ベルナール様は——黒城紫音様のことです」

 ……はあ。黒城紫音。それは、それは今俺の隣にいるこいつのことだよな。クレア・ベルナール。聞いたこともない名前だ。
 それはわりと受け入れやすい。その程度のことを深く考えている余裕はない。

「あたしのこと……? それ、誰なの?」

 紫音がきょとんと瞬きをする。……無邪気で可愛い? ふっ俺がそんなことを思ったわけが……ないとは言い切れない、くそっ。
 さて、問題は、そのクレアっていう奴がどんな奴なのかってことなんだよな。

「……こほん。クレア様は、そうですね。ベルナール家第一王女、という位の方です」

 軽く咳払いをして、ルーニャがそう言った。
 あれ、猫って咳払いするもんだっけ。いや、こいつは猫じゃなくて鬼猫とかいってたな。
 じゃなくて、ベルナール家第一王女? 王女? お、う、じょ? 王女って、姫って意味の? は? クレアが? つまり紫音が? どこの? ベルナール家? まあ紫音は王女っつったら王女な暮らしはしてるけどさ? 本当の王女? それはあのヨーロッパのでかい城に住むみたいな感じの奴か?
 頭の中が疑問符で溢れてくる。この洪水が治まるにはかなりの時間と俺の理解力が必要のようだ。

「ベルナール、って……どこよ。なによ」

 紫音も戸惑っているようだ。そりゃそうだよなあ、全然知らない名前の家の王女だとか言われてもなあ。

「魔界の悪魔を取り仕切る王族です」

 はいストップ。 
 ちょっと待ってくれ。悪魔? 喋る猫の次は悪魔か、そーか。待て。神は俺に何を信じさせたいんだ。もうすぐ俺の脳は爆発するぞ。キャパオーバーだ。数学のテスト残り五分残り六問のシチュエーション並にキャパオーバーだ。
 悪魔とかさ、マジでなんだよそれ。どーゆーことだよ。その悪魔を取り仕切る王族がベルナール家? で、紫音はそこの王女。……つまり、

「紫音は悪魔の王女だってことか?」
「へえ、わりと察しが早いね、人間。その通りだよ、クレア様は悪魔のお姫様。あんたはそのお姫様に散々暴言を吐いてきたんだ」 

 おいおいおいおい、俺は紫音に暴言を吐いた覚えはかなりたくさんあるし紫音に暴言を吐かれた覚えもそれよりさらにたくさんあるけれど、悪魔の姫とやらに暴言を吐いた覚えはない。まったくない。そんな姫がいたら俺は一目散に逃げ出すだろう。なんかして怒らせたら俺、絶対死ぬじゃん。
 そしてルーニャ、お前は俺に対しては敬語を使わないんだなどこまでも。
 ……で、そうだ、紫音。紫音はどんな反応を。

「悪魔の姫、あたしが」

 放心状態。そりゃあそうだよな。俺だってもうすぐ意識が飛びそうだ。俺は一種のスルースキルというか、あまり深く考え込まずにさらっといってしまえ、そういう感じで今いるけれど紫音はそういう風にいくだろうか。紫音は当事者なのだから、パニックになってしまうんじゃ。

「——そっか、なんか嬉しいな」

 え? それだけ?

「お、おい紫音……そんな簡単に信じるのかよ」
「猫の言うことならなんでも信じるわよあたし」

 ……俺の言うことより猫の言うことか。まあそっか、そうだよな。うん、紫音はそういう奴だ。
 幼馴染の性格を再認識していると、隣から凛とした声が聞こえてきた。

「それにね、今あたしの目の前にそういう事実があるんだもの。だったら〝常識〟なんて関係ないじゃない」

 紫音の大きい赤い瞳は、真っ直ぐに窓の外の景色——青い空を見ていて。
 なんだか胸の中を貫かれたような、吹き飛ばされたような妙な感じがして、紫音を直視することができなかった。

「やっぱり、当たり前だけどクレア様の方がアホ人間よりもずーっと上だね」

 下を見ることしかできない俺に、そんなルーニャの声が降りそそいだ。



玲、ちょっぴり反省。
……さて、紫音の正体がはっきりしましたねー。あはは。