コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

 2 ‐ 07 ( No.37 )
日時: 2010/10/22 18:03
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

◆ 2 ‐ 07

 今日もまた、俺の部屋には俺と紫音とルーニャが。俺は安い椅子に座り、紫音はベッドに腰掛け、ルーニャはちょこんと床に座っている。
 で、今日は何の話だっけ、と記憶を再生する。えーと……ゲアなんとか、って言ってなかったか?

「では、話の続きをさせていただきますね」
「はーい」
「おう」

 ルーニャが一回咳払いをし、深呼吸をする。何だ、何だよ、そんな重要なことなのか? ゲアなんとかがどうした。

「ゲアハルト様はトイフェル国国王です。つまり紫音様の、……本当のお父様となります」
「あたしの、父、ね」

 〝本当の〟その言葉は紫音を多少傷つけるのではないかとルーニャは心配したんだろう、少し間が空いた。しかし紫音は特に気にしてはいないような素振りを見せる。

「それで……ルゥが今ここにいるのは、ゲアハルト様からある命令を授かったからです」

 どこか俯きがちに、遠慮がちに声をだすルーニャ。どうしたんだろう。それにしても、命令か。まあルーニャが紫音の付き猫っつーことはそのゲアハルトって奴はかなりルーニャより位が高いわけだよな。

「命令? どんな?」

 紫音がわくわくした表情でルーニャの顔を覗き込んだ。黒い髪がさらりと揺れる。ルーニャはそれを見て、一回目を閉じ——悲しそうな溜息と共に、しかしハッキリとした声で、その言葉を、言った。


「紫音様を魔界に連れ戻し、正式に王女としての継承式をさせる、とのことです」


 魔界に、連れ戻す?
 それはなんだ、どういうことだ。どういうことだよ。それって、じゃあここから、——紫音がいなくなる、ってこと、かよ? 紫音が、この生活からいなくなる。ぽっかりと、穴をあけて。そういうことだっていうのかよ。違う、違うよな? そうじゃないよな? 違う意味だよな、ルーニャ。違うんだろ……?

「ッ……あたし、ここから離れる気なんてないわよ! それって一生魔界で暮らすってことなんでしょ? ……ルゥが言うことでも、あたしそれは、」

 ゆっくりと、紫音が首を横に振った。さっきまでの可愛らしい目とは違い、きりっとしていて、そして何かに怯えているようでもある目に影がさしていた。ここにいたい、そんな強い意志が見え隠れしている赤い瞳だ。黒城紫音の、赤い瞳。

「ッ、ルゥも反対しました! もうクレア様は十七歳なのだから、今から魔界で暮らせなんて酷すぎる、って言いました! ……だけど、だけど」

 必死に幼い声を震わせる。それでも最後の方は、また俯いて、諦めたような口調だった。

「ルゥは、紫音様の命令よりゲアハルト様の命令を優先させなければいけないんです」

 何だよ、それ。
 ——まあ、当然、か。そうだよな、紫音よりそいつの方が位は高い。娘と父だもんな。王女と国王だもんな、仕方ない。ルーニャがなんとか頑張って反対してくれたのもちゃんとわかっている。
 それでも、今の俺にはルーニャが本当の悪魔のようにしか思えなかった。俺の大好きな平凡な日常を奪いに来た悪魔のような。そんな奴ではないこと、わかっているのに。ああ、俺って単純。

 いなくなってほしい、って何回も念じてて、でも紫音がいなくなるとか有り得ないって思ってて。そんでいざこうなったら、紫音が俺の隣から消えることが、何よりも嫌だ。馬鹿でアホでネジが一本抜けてて迷惑ばかりかける存在なのに、こいつがいない生活が考えられない。あーあ、なんでだろう。もしそうなったら、俺は——俺だけじゃない、小森も笹本もどうすりゃいいってんだ。俺はやだぞ。絶対に嫌だ。ゲアハルトとか知るかよ!
 ……そう思っても、無駄だってことわかってる。この一般市民のただの人間より——まあ比べることすら次元から違ってるのかもしんないけど——、あっちの方が数千倍偉い。悪魔の王だもんなあ。勝てるわけないよな。これも、運命ってか。

「——嫌、だよあたし、嫌。ここにはお母様もお父様も茉莉沙も小森の馬鹿も猫ちゃんも、玲だっているの! 誰が何と言おうといーやーっ!!」

 紫音だってわかってるはずだ。お金持ちの家で育ったんだから、力関係ってもんを。自分がどう足掻いたって変わることはない、そんなの本当はわかってるはず。
 それでも、立ち上がって瞳を潤ませて叫ぶ紫音を、絶対に行かせたくない。無駄な気持ちだとしても、一瞬でも「どうなったっていい」とは思いたくなかった。

「……でもルゥ、どうすればいいんですか!? 紫音様のお気持ちにはお答えしたいです。ほ、ほんとは、ゲアハルト様より紫音様の言うことを優先、させたいですよルゥは! でも、でも」

 そうだよ。ルーニャだって何もできないんだ、魔住者のルーニャだって。だから今俺に出来ることは、紫音が消えてしまう前に何かするってことだ。それしか、できないだろ。

 紫音が黙った。視線を床に落とし、ぽつり、と言葉を洩らす。

「結局、こんなもんか」

 黒髪に隠れてよく見えないけど、紫音の表情は泣いているというよりも泣き笑いだった。悔しそうに、でももう全部諦めて投げ捨ててしまった。そんな感じ。
 いつ、消えてしまうのだろうなあ。馬鹿だけど妙に人間らしいところがある、この悪魔のお姫様は。

 静寂や寂寥感、閉塞感に押し潰されそうになった時、——ルーニャの耳がぴくん、と動いた。



第二話おわり。次から三話ですお。
さて、魔界に連れ戻されちゃうぞーってとこですね。紫音はどうなるのか。ルゥはどうしたのか。乞うご期待……しない方がいいです。