コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

1 * 至近距離にいるお嬢様 ‐ 01 ( No.4 )
日時: 2010/10/14 21:13
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

◆ 1 至近距離にいるお嬢様 ‐ 01

 もたれかかった塀の向こう側にある大きな木。何の木だったっけ。五月という春真只中、夏ほどの激しさはないやわらかな日差しを浴びてたくさんの葉をつけている。深緑や薄緑や黄緑、真下から見上げないとわからないぐらい僅かな色の違いが俺は好きだった。
 で、なぜそんな優雅なことを決して優雅ではない俺、瑞原玲(ミズハラ レイ)が考えているのかというと——それは迷惑ばかりかける幼馴染、黒城紫音(コクジョウ シオン)を待っているからだ。
 そう、俺は今十七歳。至って普通な高校生活を送っている。一年弱前の六月、俺の誕生日の日に母親と姉が「今年は何か変わったことがあるといいわね!」なんて言っていたけど残念ながらそれはないだろうな。俺が〝変わったこと〟を望んでいないのが現実だから。つまり俺が勉強とかスポーツとか芸術とかで努力する気は一切ない。
 話がだいぶ逸れた。
 ようするに、高校生活を送っているのであるから俺、というか生徒には登校というものがあり、俺の登校はいつも紫音が一緒なのだ。だから、紫音が来るまで待っている、と。ご理解いただけただろうか。

「よー瑞原。また黒城待ってんのか?」

 特にすることもないので、ぼんやりと真上にある木とその葉の隙間から入ってくる空の青色を眺める。すると後ろから声がかかった。えーと……。

「おう、小森。……まあな」

 小森健(コモリ タケル)。クラスメイトというか俺の友達。考え方や趣味が合っている良い親友だ。だが時々俺と紫音の仲をからかってくるのがちょいとウザいところだ。

「ラブラブですなー毎日毎日。羨ましいこった」
「あのなー……少なくとも俺にはそんな感情はないし向こうがそんな純情な乙女心を持っているわけがない。お前いい加減それ言うのやめろっての」

 照れちゃってーらぶらぶな登校時間大切にしろよーとかなんとかほざきながら学校へと歩き出す小森。くそ、学校に着いたらもう一回言ってやる。
 ……そう、あいつがそういう純情な乙女なわけがない。常識があいつを純情な乙女だと認めてしまったらそれは数秒後に核ミサイルが発射される、ということだ。

「ちょっと玲、朝から何疲れた顔してんのよ! あたしを見習いなさいあたしを!」

 ——ムカつくほどにパワフルで迷惑なこいつが。ああ、紫音はきっと周りの元気を吸い取っているからこんなに元気なのだろうなあ。掃除機か。
 腰までのつやのある黒い髪を振りたてて、吸い込まれそうな、奥に何かが潜んでいるような大きい赤い瞳を不満そうにし。鮮血色の唇でかたどられたよく動く口の中からは鋭い犬歯がのぞく。真っ白い肌。しかし頬はほんのりと桃色だ。相変わらずかなりの美少女である。和風ではなく、洋風の。
 そんな美少女が幼馴染とは羨ましい、と思うかもしれない。だが紫音はただの美少女なんかではない。
 黒城グループ——大財閥の一人娘。ああ、そうさお金持ちのお嬢様だ。まあそれだけならいい。
 問題はこいつが俺にだけ迷惑行為を繰り返すということ。俺だけに。ここが重要ポイントだ。紫音は人前ではしっかりとしているくせに、俺のみに変な性格を見せる。いや、笹本などの友達には裏性格を見せるが被害をモロにくらっているのは俺、と言った方がよいかもしれない。
 俺よりも数百倍頭もよく運動神経もよく才能もある。それは事実だしそういう類のことに紫音はこだわらない。しかしなんというか、俺はやっぱり立場的に紫音よりも下だ。紫音はそう考えてないかもしれないけど空気的に下だ。俺は劣等感とか全然抱いてないけどな。——といったら嘘になる、でも嫉妬をしたことがないのは断言できる。
 そう、だからそういうことも相まって小さいころから俺は紫音にいじられてきた。結構疲れるんだよなあ。

「聞いてんの玲? あたしの話無視しないでよねっ! ほら行くわよ早く!」

 小鳥の囀りのような可愛らしい声で、しかし早口でまくしたてると返事も待たずに歩きだす。俺が動かないのを見ると、むぅと顔をしかめて……ちょ、襟首は卑怯だぞおい! ルール違反だ! 何の? とか言わない。

 まあそういう感じで俺はよく紫音に引きずられて学校——蓮木高校に通う。



 はすのき、と読みますな。
 うーん、やっぱり何度見てもハルヒ似だけどそこはどうかお気にせずにっ……!