コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 3 * 悪夢の中には小さな光 ‐ 01 ( No.41 )
- 日時: 2010/10/22 22:57
- 名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)
◆ 3 悪夢の中には小さな光 ‐ 01
ルーニャの物憂げな表情が驚きに、そして愕然としたものに変わっていく。
どうした、何があったんだ。——もしかしたら、変わるのかもしれない。変わるきっかけを掴めるのかもしれない。そんな根拠のない期待が湧きあがってくる。
「そんな、これって」
黒い耳がぴくぴくと動く。瞬きさえも忘れて深く考え込んでいるようなルーニャに、気軽に話しかけることができない。
「どうしたの? ルゥ……?」
「ごめんなさい。ちょっと——ちょっとだけ時間をください」
「ルゥ? どこ行くの? お願い待ってよ!」
不安げな表情をみせる紫音から目を逸らすようにして、ルーニャは窓から飛び出ようとする。
本当にどうしたんだ。それぐらい教えてくれ。今の俺達を二人きりにしないでくれ。紫音をこれ以上壊さないでくれよ。
「でも紫音様を連れていくわけには」
「どこでもなんでもいいから、傍にいさせてよルゥ! 嫌なの、このままじゃもうあたし」
必死にルーニャを食い止める紫音の赤い瞳が微かに潤んで見えた。小刻みに震える白い手足は、明らかに見えない何かに怯えている。
「……じゃあ紫音様、これを右手の中指にはめてください」
ルーニャが目を伏せ、数秒の間考え込み。一回深く瞬きをすると、黒くしなやかな尻尾を軽く振った。空中から淡い黄金色の光が湧き、赤い宝石のついた指輪のようなものが象られていく。何だ、これ。
「え、これを? わ、わかったわ……」
紫音がぐいっと涙の浮かぶ目を袖でこすって、指輪をルーニャの言った通りに右手の中指にはめる。白い肌に赤い宝石がよく似合うな、
そう思っていると。
紫音から、いや指輪から紫色の光勢いよく放たれた。一瞬眩しくて目を瞑り、瞼を開けると——
紫音に、黒い翼が生えていた。紫音を守るような大きな翼。黒く細長い尻尾が揺れる。先がゆるやかなハート型だ。服装も変わっている。今さっきまで白いブラウスにベスト、チェックのスカートという制服だった紫音は、俗に言うゴスロリになっていた。白いフリルのついたブラウス。真っ黒なワンピースで、スカートはパニエが入っている。ところどころにある赤い薔薇とリボンが黒に映えていた。
そして——紫音の赤い瞳は、紫色になっていた。
正に、悪魔のお姫様と形容するのが最も相応しい。
「なにこれ……」
自分の姿を見て唖然とする紫音。しかし、それはすぐに興奮の入り混じったものに変わっていく。さっきまで涙で潤んでいた瞳は、どこか妖しげな光がさしていて、いつのまにか不安は消し飛んでいたようだった。
「紫音様は人間界で暮らしていくにつれて魔力を失っていました。けれど、ベルナール家が代々身につけていたこの指輪〝ローゼン〟で本来のとまではいかなくても一時的に魔力が復帰します」
ルーニャがなぜか早口で説明をした。ローゼン、ってどーゆー意味だったか。……それにしても、魔力ね。紫音の、魔法か。
あれ、でなんでこんなことを? ルーニャはやっぱり何かに急いでいるみたいだし、何が。
「詳しいことは後で説明します。とにかく、来てください紫音様!」
ルーニャが窓から飛び降りた。夕陽に染められて燃えたような空に黒い小さなシルエットが浮かぶ。
でも待て、お前はいいとして俺達は……俺がお呼びじゃないとしても、紫音は飛べるのか? 魔力があったとして、飛び方とか。
どうするつもりだろう、と紫音の顔を見るとやはり迷っている様子だった。しかし、覚悟を決めたように目をギュッと瞑り——俺の手を掴む。ちょ、えっ!?
「玲、行くわよ!」
紫音の叫びが耳に入ったころには、俺の足場は宙だった。
**
風を切る感触。すぐ目前に太陽がある気がして眩しい。下を見ると、ああやっぱり俺の家がミニチュア化している。ここ、上空なんだよなあ。
不思議と恐怖心は無い。むしろわくわくの方が俺の中で踊っている。けれど落ちるかどうかは紫音の問題だ。紫音と繋がっているこの俺の手が俺の命綱。決して離すものか。離したら俺、確実に死ぬ。どっかの家の屋根かはたまたアスファルトか、体が激突し……もうそれを考えるのはやめよう。
眩しさを我慢して前を見ると、俺を引っ張るようにして飛んでいる紫音。その少し前に黒い物体、ルーニャ。——ルーニャは、どこに行くつもりなんだ?
まあ俺がそんなことを思っても今は聞けるような状態じゃない。大人しく紫音に掴まり、空に包まれるような、絶対に普通の生活を送っていては味わえない感覚を楽しむことにしよう。
すると、だんだんと飛行速度がゆっくりになった。心地よい風がなくなっていく。着いた、のか?
少しくらくらする目をこすって、目の前に何があるのかをしっかりと確認する。
——そこで俺が見たものとは、粉々になったビルと蠢いている黒い物体だった。
+
へーんしん!
ですね。ローゼンってドイツ語で薔薇だと思います。