コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

 3 ‐ 02 ( No.42 )
日時: 2010/10/23 20:07
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

◆ 3 ‐ 02

「何だよ、これ」

 無意識に口から言葉が洩れでる。いやでも仕方ないよな、こんなの見たらこの反応が普通だろ。ほら、紫音だって同じような反応だ。
 目を見開いて、白い手で口元を覆い。微かに震えている。それに対しルーニャは、驚いているわけでもなく、戸惑っているのは確かなんだがただ悔んでいるような——そんな表情をしていた。

 黒っぽく、紫っぽい。ぶやぶやな物質がなんとなく小さい人型に固まって、いや固まってはいないな。数か所溶けているような、そんな感じ。上手く伝わらないが、真っ白な炎のような目も相まってかなり気持ち悪い奴だというのは間違いない。

「あれは魔界では〝チェーニ〟と呼ばれています。どこの国のものでもなく、墜ちて心を失ったモノの末路があれです。人の心は一切なく、ただ激烈な破壊衝動があるだけ。力はあるけれど心がないぶん、倒しやすいのですが——」

 ルーニャが前を見ながら——集中しているのだろうか——すらすらと説明する、と。

 視界に黒い風が走った。十メートル以上離れていたのに、なんで? そんな疑問を呑気に思い浮かべながらも咄嗟に避けようとするが避けられない。ぶるっと体が一気に震えて、心臓にこいつのぶやぶやな手が届きそう——
 シャッ、と鋭い音がした。あれ、でも痛みは感じない。もう俺終わりか、と目を瞑っていたのをおそるおそる開け、状態を確認する。
 もうあいつはかなり遠くにいた。自分の身を守っているようにも見える。なんでだ? 目を下に落とすと、黒いかけらが。

「なんで人間界にいるのか、ってことなんだよね」

 ルーニャの黒い手から銀色に煌く爪が生えていた。普通の長さではなく、結構長い。そして、とてつもなく鋭い。——ルーニャが、あいつの手を切った? でもぶやぶやだから切れないのか。それでも一応、攻撃としては成功したんだよな。
 なぜか妙に洞察力が働く。あれか。人間ピンチになると冷静になるって奴か。俺、今冷静か? ……ってそうじゃなくて。 
 礼を言おうと近づこうとするとキッと睨まれた。あ、動くなってことか。……じゃあお礼は後だな。ちゃんと言えるように、この場を切り抜けなきゃいけない。ああ、また理由が増えた。あいつをなんとかしなきゃいけない理由が。
 ——チェーニ。なんだよ、それ。
 疑惑より怒りの方が大きかった。どうして、そんな簡単に物を壊すんだと、いつになく綺麗事を並べてしまう。だけど今現在俺があいつによって迷惑してるのは事実だ。よって、なんとかしてあいつを消滅させなければ。

 しかし、俺にはそういう力はないんだよなあ。

 3 ‐ 02 ( No.43 )
日時: 2010/10/23 20:07
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

 こうして不思議体験をしているからあれだけれど、俺は幼馴染が悪魔の姫だったってこと。それだけで、俺自身が特別なわけじゃない。あいつを倒せるような凄い力なんて全然持ってないし、倒し方すらわかっていない。
 と、いうことは俺は役立たずだ。後ろに下がっていた方が良いのか。それはちょっと嫌だけれど仕方のないことか。俺を庇ってルーニャが怪我する可能性もあるわけだし……。

「……空き地、空き地が近くにあるの。そこでなんとかした方が被害は少ないわよね」

 すると深く息を吸い込んでから紫音がそう言った。自分なりに緊張と不安をなだめつかせているみたいだ。
 空き地。そうだよな、ここはビルとかもあるし、戦うとなったらそっちの方がいいということは俺でもわかる。

「! あそこですね、じゃあルゥが引きつけてくるので——って紫音様!」
「大丈夫、もう飛び方はわかったから」

 ルーニャが止めようとするのを振りきって地面を蹴り、紫音が上空に舞い上がる。黒い羽が俺の視界一面に広がって——あれおかしいな、俺の足元がない気がするのだがちょっと待てなんで紫音は俺の手を掴んでいるんだ! ……また、飛ぶのか。
 さっきは不思議と不安はなかったけれど、今はやけに冷静で、俺は平静を保っていられるかわからない。それにさっきのは偶然で、紫音が上手く飛べないという可能性もある。そしてあのチェーニも後ろからついてくるはずで、

「もう来てるじゃねーか」
「ああもう、玲重い! 行くわよ!」

 振り返ったら約二メートル程離れたところにぶやぶやが見え、紫音に伝えようとすると急に身体が引っ張られた。
 また、あの空気を切り裂く心地よい感覚。だけどやっぱり後ろの物体が気になるぞ、とてつもなく気になるぞ、さっきのように心地よさに浸っていられる余裕は俺の中には皆無だ!

「順調順調。安定してるし、そんなに固くなんないでくれる、玲」

 だけど紫音は違った。ますます重くなるんだけど、と毒を吐いた紫音はどこか笑っているように見える。この状況を楽しんでるんだろうか。まあそうだよな、紫音は一度信じたものはとことん楽しむって性格だったし。
 ——なんてこと言ったら、実は俺にも楽しんでいる気持ちはあるんだけどな。

 すると、ビュオ、と激しくもあり鋭い風が吹いた。
 と思ったら視界の隅に飛ばされていく黒が映る。え、なんだ? しかも隣にはいつのまにかルーニャがいるし……全然状況が理解できない。

「ルーニャ、今のは」
「ルゥが衝撃波を放った。紫音様にチェーニが届きそうだったから」
「あ、ありがと、ルゥ」
「いえ、紫音様をお守りするのがルゥの役目なので」

 ルーニャが紫音には絶対に敬語を使うということがなんだか哀しくなってしまったけれど、それは後で考えよう。
 衝撃波か……そうか、さっきの風はルーニャのものか。やっぱり凄いんだよなあ。魔物、ね。
 そんなさっきから何回も味わっている感嘆をもう一度味わっていると、速度が緩やかになり——

「着いたわ」

 ふわり、と着地した。いつのまにこんなに上手くなったんだろう。たった数分しかさっきからたっていないのに。
 後ろに振り返ってみると、チェーニは十メートル程後ろで俺達のもとに向かっている。けどあのスピードなら数秒後にはここに到達するだろう。さて、どうするんだ。それを考える暇もないスピードだけど。

「紫音様、さがって——」
「あたしがやる。大丈夫、大丈夫だから」

 凛とした声が響いた。え? と横を見る前に、——ぐあッ!?

「……くぅ、うまく操れない」
「当然ですよ! いきなり、いきなりあの魔法を操れるわけがないんです!」

 耳を伏せたルーニャの怒鳴る声がぼんやり耳に届くのを感じながら、瞼にぼやけながらも残っていることを考える。
 今一瞬、黒い光のようなものが飛び散ったような……気のせい、か? いやでも、実際に俺の腕は今軽い火傷をしたような感覚に蝕まれているぞ。……あれ、チェーニは? あんな遠くに……なんで?
 それにしても、どうしてルーニャが怒鳴っているんだろう。紫音に向かってなんて、そんな。

「その魔法は特訓もなしに使ったら、暴走を起こしてこの町を破壊してしまうかもしれない程の威力なんですよ!」
「はか、い?」

 ここ最近はよく見る紫音の戸惑い。だけどそれよりも、今のルーニャの言葉の内容を理解することに俺の脳は専念している。
 魔法? 暴走? 破壊? どういうことだよ、本当に。ちょっと待てよ、俺だけ置いて行かないでくれ。なんで紫音はそんな怯えたような顔をして、なんでルーニャはそんなに怒りを露わにしているんだよ。
 ……でも、ルーニャがただ怒っているんじゃなくて、紫音のことを考えて怒っている、それだけはよくわかった。まだきちんと理解できていないけど、それは紫音が傷つくことだった気がするから。
 
 「だからもう紫音様はやめてください。暴走しなくても、今のままでは紫音様の体が耐えきれません」

 言葉がでない紫音の前に出て、尻尾を強く一振りするルーニャ。小さな体に似合わない物凄い気迫と殺気に押され、俺も喉が詰まって声がでなくなる。……これが、魔界の力って奴なのか。
 チェーニが飛んだ。どうやら倒す敵は目の前の猫、いや鬼猫だと決めたようで、狙いはルーニャに定まっている。あともう少しで目に、危ない! ——なんて、心配するわけねーだろ。