コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

 3 ‐ 03 ( No.46 )
日時: 2010/10/27 18:03
名前: 風無鳥 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

◆ 3 ‐ 03

「とろいんだよ、影」

 銀色の風に空気が裂かれ、黒いかけらが舞飛ぶ。
ルーニャは強い。こんなぶやぶや野郎に負けるはずがないんだ。よって、俺が心配する必要はない。「自分の身の安全を考えなよ」とでも言われそうだ。
 しかし八つ裂きになってもチェーニはもやもやとまた人型に戻ってしまった。くそ、これじゃ向こうの攻撃は喰らわなくてもいつまでたっても同じことの繰り返しじゃねえか。

「大丈夫、ケアンを潰せば。それが奴の核だよ」

 すると俺の思考を読み取ったかのように、ルーニャが振り向いて口元をあげる。
 ——……ああ、悪魔だ。
 ケアンというものが何かはわからないけれどそんなことより、そのルーニャの表情が悪魔だった。あれだ、小さい子供に「悪魔を描いてごらん」といったら十人中十人が描くような悪魔の笑みだ。残虐な笑み。だけどなぜか可愛らしい。
 それで、ケアンとは何だろうか。核……?
 殺気が一段と燃え上がったルーニャを後ろから見ながら考えていると、袖が誰かに掴まれた。

「なんだてめっ……紫音か」

 びくった。が、俺の袖を掴んでいるのは紫音だった。きっ、といつものように勝気に目をつりあがらせてチェーニを睨んでいる。
 声をかけずらい雰囲気。俺が猫のことを悪く言った時程の殺気。

「ねえ玲、あたしあいつを許せないの」
「あいつって、チェーニのことか」
「そう。……でも、何もできない、あたし」

 睨みつけながらも、紫音の紫色になっている瞳は、悲しそうに伏せていた。
 許せない、なのに何もできない、か。——いつも全てが簡単にできる紫音は、俺みたいな普通のやつより何倍も無力感を強く味わっているだろう。どうすることもできずに見ているだけしかできないんだから。紫音はそういうのが大っ嫌いだ。自分がやると言ったものは最後まで終わらせる、そんな自分の首を絞めるような信念を堅苦しく持っているやつでもあるから。

 風が吹いた。
 ルーニャとチェーニの攻防は続いている。繰り返しではあるけれど、少しずつ距離が縮まってきている。この感じだったら、ケアンとかいうやつも壊せるんじゃないだろうか。
 期待と、紫音と同じような無力感を同時に抱いて、ルーニャの勝利を待つ。
 と、
 紫色の毛と赤い液体が飛び散った。ぎゃう、猫の喧嘩の最中のような声がどこか気味悪い橙色の空に呑まれる。一瞬何が起きたのかわからず思考を停止させてしまった隙に、

「ルーニャ!」

 血を吐いて地面に落ちたルーニャに、チェーニがもやもやな手を鋭くさせて襲いかかった。
 どうすれば。思考が追いつかない。数秒後に有り得る光景の想像を吹き飛ばし、どうすればいいか必死に考えるけれど俺にはやはりそんな脳は無かった。あったとしても追いつかない、もう駄目——

「あたしがやるんだから、やらなくちゃいけないんだから」

 視界が、白黒に染まる。