コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 氷の中の花 ( No.15 )
- 日時: 2010/11/08 17:12
- 名前: 九龍 ◆vBcX/EH4b2 (ID: N7y5mtYW)
昼休みのルシファーの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
「自分が嫌いか?」
私にとって、とても難しい質問だ。
私は自分が嫌いだ。面白みもなく、人と話すこともできなくなってしまった弱虫。
でも、自分が完全に嫌いというわけではないのだろう。
そんなに自分が嫌いだったら、今頃自殺でもしているはずだ。
私にとっては、この問題はどんな問題よりも、解りにくいものだった。
もう、みんなは帰りの挨拶をして、帰ろうとしている。
教室のドアを開けて、大勢のクラスメートが体育館へ走って行ったり、階段を下りて行ったりするところが目に入る。
ルシファーと由愛も、いない。どこかに行ったんだろう。
私はそう思いながら、かばんを持って帰ろうと、階段まで歩いて行った。
もう少しで、玄関に行ける。あと、五段下りれば、帰れる。
その時、誰かから背中を強く押された。
体が倒れる。廊下が、どんどん迫ってくる。
とっさに顔だけ後ろに向けると、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見ている凛がいた。
「悠佳、大丈夫?」
聞き覚えのある、落ちついた声。
顔をあげてみると、ルシファーが優しい微笑みを浮かべて、私を見ていた。
私が足元を見ると、つま先は階段についているが、体は倒れかけていた。
背中には、ルシファーのものと思われる手。
ルシファーが、私の体を支えてくれたのだろう。
「行きますよ、悠佳」
ルシファーが、ルイの時のようにそう言う。
私は体勢を立て直してから、静かにうなずき、ルシファーについて行った。
玄関で靴を脱ぎ、スニーカーをはいて、外へ出た。
空はまだ青く、白い雲がふわふわと浮かんでいる。
まだ、桜が咲いているので、桜の花びらが風に乗って、ひらひらと舞っている。
「お前も、大変だな。毎日あのようなことをされているのか?」
ルシファーが、一枚の桜の花びらを指先でつまみ取り、それを眺めながらそう聞いてきた。
私は歩きながら、ルシファーの質問に答えた。
「うん。時々だけど、ああいうこともあるんだ」
ルシファーが急に立ち止まる。
横断歩道の白線が見えた。顔を上げると、信号が赤く光っているところが目に入る。
ルシファーは、とても優しい目で私を見た。いつもの毒の混じったような目ではなく、毒の代わりに悲しみが混じっていた。
「人間は弱く、壊れやすい。体も、心も、他の生物より強いが、それでも弱い」
ルシファーがそう言って、私の手首をつかんだ。
信号機はいつの間にか青になっていて、信号機から放たれる緑の光を見ながら、ルシファーは続けた。
「お前は違う。体は弱いだろうが、こうして今の状態を保っている。なのに、なぜあの者達はお前を嫌うのだろう」
ルシファーが悲しみに満ちた声でそう言い、信号を渡りきり、誰もいない通学路を歩いて行く。
手首をつかんでいた手は離れ、ルシファーはただただ歩いて行く。
私は、ルシファーの後ろをただついて行く。
突然、ルシファーが立ち止まり、顔だけ私の方に向ける。
「悠佳」
ルシファーが、私の名前を読んだ。
いつもの冷たい声ではなく、やわらかく包み込むような、優しい声だ。
「お前はもう少し自分に自信を持て。あの者達がなんと言おうと、お前はお前のいいところがある」
ルシファーがそう言い、微かに微笑む。
私はその言葉を聞き、呆然と立ち尽くした。
ルシファーはそんな私を置いて、すたすたと歩いて行く。
私は駆け足で、ルシファーの背中を追った。