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Re: 氷の中の花 ( No.9 )
日時: 2010/11/05 15:43
名前: 九龍 ◆vBcX/EH4b2 (ID: nZ60vFmZ)

突然の言葉に、私はただ立ちつくすことしかできなかった。
義理の家族以外に、初めて差し伸べられた救いの手。
頭が全然働かない。思考が停止する。
こんなことを言われたのは初めてで、どうすればいいのかわからない。

———どうした? なぜ、なにもいわない。

ルシファーが、私にそう聞いてくる。
私は恐る恐る、目の前にある氷に手をあて、深く息を吸って、ルシファーに質問した。

「私のことを、救ってくれるの? もう、嫌がらせなんて受けなくてもいいの?」

私の声は、喜びに震えていた。
私の問いに少し間をおいて、ルシファーは優しい声で答えた。

———そう言っただろう? もう、お前は苦しまなくてもいい。私を信じてくれるか?

私は首を大きく縦に振った。
すると、氷の中でルシファーの顔が、かすかに微笑みを浮かべたように見えた。
あの地獄から私を救い出してくれるなら、悪魔に魂をささげてもいいと思った。
次の途端、ルシファーの声がはっきりと聞こえた。

「よく言ったな」

背後で声が聞こえた。
今度は頭のなかで響くような声ではなく、冷たい空気を震わせて、私の耳に入った。
後ろを向くと、氷の世界の中に、一人の少年が立っていた。
肩まである金髪に、白い肌。そして、落ちついていて、堂々とした態度。
目は澄んでいるのだが、少しだけ毒が混じっているような青だった。
背は高く、私が背伸びしても頭が並ばなかった。

「あの、あなた、誰? いつの間にここに来たの?」

私は少年にそう聞いた。
少年は小さく笑って、こう答えた。

「先ほどまでお前と話していた者、と言えば信じるか?」

少年の言葉を聞き、私は恐る恐る確認をする。

「ルシファー? あなた、ルシファーなの?」

私の質問に、ルシファーはただ頷いた。
後ろを向いて、ルシファーがいるかどうか確かめる。
ルシファーは氷の中で目を閉じているだけだ。

「……ルシファー、あなた、どうやって氷から出たの?」
「私はその氷から出てはいない。いま、お前の目の前にいる私は、私の分身だとでも思っていてくれ」

ルシファーがそう言って、私に近づいてくる。
すぅっと滑るように、凍りついた地面を歩いてくる。

「お前の名は、なんという?」

ルシファーが私の前に来て、そう聞いた。
私はゆっくりと口を開き、自分の名前を教えた。

「悠佳。笹原 悠佳」
「よろしい」

ルシファーはそう言って、私の右手をそうっと持ち上げて、薬指に唇を近付けた。
次の瞬間。一瞬だけ、薬指に痛みを感じた。
ルシファーが顔を上げると、痛みのわけがわかった。
薬指には、赤い血が浮かび上がる。
血が、凍った地面に1滴落ちた。
指を伝う血は、まるで赤い指輪のようだった。

「さて、お前はそろそろあちらの世界に帰った方がいいぞ。では、また会おう」

ルシファーがそう言って、軽く頭を下げた。


その時、ちょうど目が覚めた。
カーテンを開けると、温かい朝日が部屋に差し込む。
ベッドの近くにある勉強机に置いてある、三角の黒猫が中心に描かれている黒い目覚まし時計を見てみると、針はちょうど六時を指していた。
しかし、さっきの夢は何なんだろうと思いながら、右手を見てみる。
右手の薬指には、なにかに切らたような、小さな跡が残っていた。