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Re:   、 マリオネット  【短編集】 ( No.35 )
日時: 2011/04/03 14:05
名前: そらね ◆ZPJ6YbExoo (ID: n6vtxjnq)
参照:       体育が鬱である。

 ▼ 叶うはずの約束 

 死なないでくれ、死なないでくれ。そう私に誰かが連呼しているの。
 その必死な呼びかけに、私は重たい重たい瞼を開ける。白い、天井みたいなのがぼやけて見えた。
 感覚もよく分からない、ただこの視点は仰向けに寝てるような視点。
 全てがぼやけてよく見えないけど、真っ白な壁のようなものが見えた。
 何て寂しそうな世界、そう感じた。感覚も麻痺しているような気分なのに、どうしてか天井を見つめて私は涙を零した。

 何で、涙を流してるか分からなかった。ふと視線をずらす。
 そこには大きな青年の姿があった。見覚えのあるふさふさな髪。どこか懐かしき感情が私の神経を巡る。
 そして、微かにその青年の声が聞こえた。低いトーンで泣いている声が本当に僅かに聞こえた。
 何か訴えてるように言ってる……私に。
 
 死なないで死なないでくれ、そう呟いている、ような気がした。
 ぴくりと私は腕を動かす、最も動かしている感覚は無いけども。
 すると、その青年は驚いたように見開いた、綺麗な青い瞳が大きく揺れた。
 それから、ぎゅっと私の手を握ってからぼろぼろと、涙を零している。
 私のためにこの青年は泣いているのかもしれない。

 ぎゅっと握られた手は感覚は感じない。ただほんの少し温もりを感じた。
 この握り方、どこかで知っているなと思い私は頬を緩めた。
 そんな小さな仕草を青年は見逃さず、花開いたような笑顔を一瞬だけ描いて、ああ、神様。
 そう唇を動かして青年も頬を緩めた。私は少しずつ、意識を取り返してきた段々見えてきた青年の顔。

 それに、視界の端に入った家族に、白衣をきた知らない人がいた。
 そして、青年の名前を思い出す。矢木賢斗、それはこの青年の名前だ。彼は、私の彼氏であった。
 私は動かしているかも分からないで、必死に腕の方に力を入れて、賢斗の頬に触れた。
 柔らかい感触だけがどこか仄かに伝わった。美加と唇を動かしてその言葉を連呼する賢斗。
 何が起こっているのかわらか無いけど、私は必死に笑みを描いてみた。

 そういえば、私病気だったんだっけ。
 徐々に自分の境遇を思い出してゆく、苦い薬を飲んだ記憶、点滴の滴る音を聞いて妙に恐怖心を覚えてきた記憶。
 ここは病院だということも思い出す。それから、この青年と交わした約束も。
 病気が治ったら、遊園地で観覧車に乗ろうって指切りげんまんしてまで約束したんだっけ。
 一ヵ月後、賢斗の誕生日だからマフラー編んで渡すって、宣言したんだっけ。
 ああ、そうだ、いっぱいデートするって約束したんだっけ。
 叶わないかもしれない虚しい約束を、思い出していると。急に呼吸が苦しくなった。

 それから、家族の方を見つめると、泣いている母と父の姿、どこか遠くみて、光るものを瞳から零している姉。
 あれ、なんで泣いてるのよ。そんな風に家族を見つめていると、次いで胸が締め付けられるように激痛が走った。
 私の命ってそんなに長くないのかなあ。それから、もう一度青年の顔を見つめる。私の名前を呼んでいる、賢斗。
 君が居てくれたから私幸せだったよ。と言いたくても唇は動かない。

 どんなに辛いことあっても賢斗が慰めてくれたから、立ち直れて明日に迎えて。
 部活で輝いている君を見ていると、なんだかエネルギー貰ったんだよね。
 当の君は気付かなかったかもしれないけど。
 あれ……苦しいなあ、意識が朦朧とするよ。
 ごめんね。遊園地も、誕生日にマフラーも間に合わないよ。ごめんね。
 そういえば、まだマフラーは編み始めてもいなかったんだっけ。

 必死に唇を動かしている賢斗を見つめて、私は残った力を使い切る勢いで、必死に必死に笑った。
 不器用な笑いだったかもしれない。
 賢斗、死ぬなって言ってるの?ごめんなさい。それこそ、無理だったみたい——— 

  ( 叶えられる約束、だったはずにな。私って最低 )

    ⇒END