コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- プロローグ * 任務は土下座で始まって ( No.1 )
- 日時: 2010/12/01 17:45
- 名前: 夢久 ◆inazumaCHw (ID: yjS9W/Zh)
「バランス、悪くなってきたよなあ」
まるで鬼のような形相、姿の男が、豪華で大きい椅子に座ってそうしかめ面をすると、どこからか現れた銀髪の少女が可愛らしく首を傾げて尋ねた。
「何が? ……えーと、ですか?」
「まずお前は敬語を身につけることを最優先しろ。だからな、地獄と天国のバランスだよ」
「すいませんでしたクソジジイ。え、バランス悪いですかね?」
「そのさりげない暴言は仕方ないからスルーしてやろう」
容姿は可愛らしいのだが口はかなり悪い少女。そんな彼女を見て、男は盛大に溜息をつく。
「話に戻るぞ。……あのな、そんなんだからお前はいつまでたっても見習いなんだ」
「うるさいなあそれはジジイのせいじゃん」
「さすがにそれはワシでもスルーできんな。次言ったらリストラだ」
「すいませんそれだけはやめてください。で、どこがバランス悪いんですか?」
それでも態度を全く改めようとしない少女に、男は本日何度目かもわからない溜息をまた吐き出した。だが、表情はしかめられたまま変わらない。どうやら男のしかめ面は、精巧なお面のようなもののようだった。
「あのなあ、地獄は今てんてこまいだろ? なのに天国は余裕たっぷり。地獄が下品なのに比べて天国はお上品。おばさま達の午後のお茶会のような雰囲気だ。なぜかわかるか?」
「ジジイの説明じゃ誰だってわかん——すいませんわかりません」
凍てつくような視線で刺された感覚及びリストラの恐怖に怯えた少女はすぐに口調を正し。男は満足そうに頷いて喋りだした。
「よろしい。いいか、“負の感情”が多くなりすぎてるんだ。だから地獄は溢れかえりそう。それに比べて天国は午後ティーモードだ」
「成程。つまり貴方はアホだということですね」
「なぜそうなった。そんな解釈をするお前の脳はどうなっているんだ」
「嫌だなあ冗談に決まってるじゃないですか……え? なんでそんな目であたしを見てるんですか?」
少女はけらけらと笑った表情のまま、男の視線に気付いて冷や汗を一筋たらす。無理矢理につくったわざとらしい笑顔を口元に貼りつけ、男の視線から逃れようと必死になった。
「……まあいい。だからな、単刀直入に言うぞ? お前に地上へ行ってもらい、負の感情——黒心を減らしてきて欲しいんだ。白心を増やせばこの冥界のバランスも良くなる」
「……やだなー、めんどくさそー」
男がそう言いきると、少女はあっという間に表情を崩してつまらなそうにした。それを見て男はにやりと笑う。
「上手くやったら昇格させてやろう」
「出発はいつですか?」
「お前ほど単純明快な奴はいないだろうな。だがそれが今は助かる」
そう、彼女には“昇格”“リストラ”のような単語が一番効くのだ。どうしようもないほど傍若無人で馬鹿でアホで敬意というものを知らない彼女は、それと同じぐらい単純だった。
「明日にでも行ってもらう。これはお前自身の修行でもあるのだからきちんとやってこい。無理そうだったら助っ人を送るから」
「あはは、あたしに助っ人なんていりませんよ。だいたいあたしは修行するまでもなく天才じゃないですか」
「その性格を直すことがまず一番の課題だな」
自信満々に笑う少女にびしりと冷たい言葉をかけると、男はよっこらせと立ち上がり、少女の方をもう一度見た。「ん?」という顔をする少女に、わざとらしく笑いかける。
「まあ、お前一人じゃ何をしでかすかわからんし……そうだな、これも良い修行になる。誰か一人、適当な人間を選んで手伝いをしてもらえ」
「人間を? ……はあ、仕方ないので貴方の我儘に付き合ってあげます」
「ふざけるな」
ぺしん、と見えない何かの力で頭を叩かれ、呻き声をあげる少女は恨めしそうに男を見て小声で呟いた。
「あのクソジジイ……絶対後でハゲにしてやる……」
「聞こえているぞ。やはりリストラしようか?」
「すいませんでした」
即座に土下座の姿勢に移る少女。
そんな少女が、翌日からどんな大騒動を巻き起こすのかは——まだ誰も知らなかった。
* プロローグ * 任務は土下座で始まって