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Re: ある日の放課後の魔科学  ( No.36 )
日時: 2010/12/19 22:04
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: XvkJzdpR)

瀬菜は困惑していた。
変わっているはずだと思っていた人は、全く昔と相変わらずの性格だったからだ。
なんだかんだいって誰にでも優しい性格。だが人の気持ちにすぐに気付けない鈍感な奴。
面倒臭がりだけど、やる時はやってくれる奴。

「別に……! 何とも思ってないわよーっ!!」

「うわぁああっ!!」

瀬菜の怒号と王国兵士の叫び声が木霊する。
蒼く煌く大剣は猛威というにふさわしいほどの暴れぶりであった。
剣が大きく振るえば王国兵士も大きく宙を舞う。

「あのバカっ! いくら待ったと思ってんのよっ!!」

いくら叫んでも、何をしても自分のことを思い出してくれない相手に対して叫ぶ。
それは王国兵士に向けてではなく、鈍感でバカで面倒臭がりで……でも優しい男に向けての言葉であった。

「絶対に許さないんだからぁ〜!!」

「うわぁああ!!」

その後、瀬菜のストレス発散的なものに王国兵士はこっぴどく付き合わされたのであった。






どれほど走っただろうか。
そろそろ足も限界が来ている頃だろう。
いつもの俺ならば、とっくにぶっ倒れていてもおかしくないはずだった。

「はぁ……はぁ……!」

苦しそうに腕の中で息を吐く白雪。
喘息のようなことになっていた。限界など、とっくに超えていたに違いなかった。
そんな少女は、すごく小さく、儚げなものに見える。

「俺が……! 諦めてどうすんだよ……! はぁ……はぁ……!」

必死で足を動かそうとする。だが、その気持ちに肉体と体力はなかなかついてこない。
多少フラついたりするのを横で共に走っているレイとライが支えてくれるのは非常に助かった。
実際のところ、この二匹の犬に任せて自分は楽をしたかった。
——でも、それじゃダメだと思った。
それでは、エルゲート将軍との約束が守れないではないか。

『姫様を……どうか、どうか、貴方様がお守りなさってください』

『え? 俺が?』

『貴方様ならば、きっといけます……。頼みましたぞ、木葉様——』

俺と瀬菜の名前を既に白雪が知らせていたというのにも多少驚いたが、俺に騎士にとって最も大切な姫君を
ついさっき会ったばかりの俺に託すのだ。王国兵士より身寄りが分からない俺に。

俺はずっと母と姉に縛られた生活が嫌だと思っていた。
それはもう、ずっと。そのせいかあまり家庭内では笑顔は少なかったと思う。
中学の時に死んだ親父のこともそうだけど、色々と忙しくなった。
丁度その頃からだろう。母がうるさくなり、姉が大学の合間合間に家事をするようになっているのは。

実のところ、俺ではなく姉が別居する予定だった。
それが何故俺になったのか。その理由は妹にあった。
——木葉はまだ未熟で頼りない面がある。母さんと木葉だけで妹の面倒を見て家事なんて出来ない。
そんな思いを、俺は知らず知らずの内に姉にさせていたのだった。
それを知ったのは本当、別居が決まってからの頃だろう。
俺は反対しようとした。だけど、出来なかった。
俺は、自分自身で未熟だと思っていたから。だから母と姉にいつまでも迷惑がかかるのだと。
とにかく、家を出たかった。母との対立もあるが、俺の頼りなさにも問題はあったのだった。

それで——今、俺は何をしている?
異世界に行って、この腕の中にいる少女に出会い、事情を知り……
ついこの間まで頼りないといわれていた男が、だ。
おかしなものだろう。この世界に来て、救世主という呼ばれ方をこの腕の中にいる少女は俺に言った。
俺を、こんな俺を頼ってくれている。それはどれだけ嬉しかったことか。

「わんわんっ!!」

突如として、ライとレイが鳴く。
呆然としつつ、目の前を見ると目的の柱があった。
見れば見るほど綺麗で、純粋なものに見えた。

「つ、着いた……!」

思わずそこでへたりこんでしまう。膝に雪が当たり、冷たいが今はそんなことなどどうでもよかった。
この寒さの中、ここまで汗をかくものなのかというほど俺は全身汗でびしょ濡れであった。

「白雪……」

ただ、一つ気になることがある。
それは、白雪の状態だった。
この状態で、果たして召喚とやらは出来るものなのだろうかと。そう考えていた。






「よしっ! どんどん押し返せええっ!」

「「おおーっ!!」」

妙に活気づいているのは反乱軍である。
数は王国の方が圧倒的に有利なのだが、これは明らかに兵士の経験の差であった。
エルゲート将軍率いる反乱軍はほとんどが王族直下の有能な部下。
対して王国側はほとんど戦闘経験などつんだことのない若造の集まりともいえるものであった。
力でダメなら数で押せというが、反乱軍は力の他にもう一つ有利にするために策を仕掛けていた。

「ま、また罠だああっ!!」

王国兵士たちは反乱軍の策、遠距離魔法型の罠に引っかかっていく。
魔方陣を仕掛けて発動させるという言えば簡単なものだが、なかなかしてこれは難しい。
これぞ、熟練された経験からというものであろう。
戦況は一気にひっくり返り、反乱軍が優先となっていた。

「ぐぐぐ……! 臆病者共めっ! あんな小童に負けおって!」

右手に持っていたワインの入ったグラスを床に投げ捨てる。
ガラスの破片が散らばる音が戦陣の中に響く。その側近の兵士は困惑した表情で反論に出ることにした。

「し、しかし——!」

「えぇいっ! 黙れ黙れ! こうなったらレールガンを用意せいっ!」

無情にも側近の兵士の言葉など耳も傾けず、最終兵器ともいえるレールガンを出すように命じる。
これまで王国側が優勢を保っていたのはこのレールガンという秘密兵器のおかげである。

「どれだけ有能な奴でも兵器には敵わん!」

側近の兵士は傍に近寄ってきた伝令係を務める兵士にレールガンの用意をするように告げた。

「くっくっく……! これでネズミ共を全滅してやるわっ!」

そう高笑いを始めようとした時、伝令係が再び戻ってくる。

「レールガン! 用意が終わりました!」

「随分と早いな」

側近の兵士がそう言うと伝令係の兵士は耳打ちでそっと話す。
——こうなることは戦っている兵士側でも充分予想が出来た、と。

「おぉっ! そうか! 早速、標準を——ん?」

その時、ジースの眼にある物が写った。
それは、聖獣が眠っているとされる柱である。その近くでなにやら動いている者が見えた。

「もしや……?」

ジースは、その瞬間ニヤリと顔を歪ませた。
そして、傍にいた兵士に命じる。

「おい! ……あの柱の前にいる奴らを狙え」

「……は?」

傍にいた側近の兵士は思わず口を大きく開いて呆れたような返事をしてしまった。

「聞こえなかったのか? ——あの柱にいるものを打てっ!!」

二度、同じことを言った。つまりは本当に命令なのだろう。
困惑した表情で側近の兵士はジースへと駆け寄る。

「ジース様! あそこは聖獣が眠る場所。それに姫様がおられるのでは……?」

「構わん! それに貴様らが白雪から秘宝を奪い返せなかったのが悪いのだろう!」

ジースの言い振りからすると、白雪本人など大切なことではなく、まるで秘宝の方が大切なようだった。
その言葉に思わず恐怖する。
——この方は、人ではないと。

「打たねば……貴様らもどうなるか、知ったことではない」

ジースは言葉の一つ一つに重みをかけていった。それだけで側近の兵士たちには充分だった。
結局のところ前に仕えていた白雪より、自分の命を選んでしまったのだ。
なんとも、皮肉なことだろうか。






「はぁ……はぁ……」

白雪は、いつまで経っても苦しそうにしている。
もしかすると、風邪なのではないだろうか? と、思うが額を触っても特に熱は無く感じる。
これは、この世界ならではの病気か何かかと思ったが分かるはずがない。

「どうすればいいんだ……?」

その場でひたすら考える。
追っ手が来ないことを見れば瀬菜が止めていてくれているようである。
ということはまだ考える時間はあるはずだ。
だがしかし、考えてもどうすることも出来なかった。

「くそ……! 俺はやっぱり——」

——その時だった。
ものすごい光景を見た。戦場をふと見た瞬間だった

巨大な大砲のようなものが、こちらに砲口を向けて今にも発射されそうに電撃のようなものが迸っている。

「え——」

その電撃のようなものは、俺が声を挙げることをも叶えてくれず、体が痺れたように固まらせ——
無情にも発射された。


——目の前が、真っ白になった。