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Re: 灰猫の狂想曲 ( No.2 )
日時: 2010/12/03 19:32
名前: 刻鎖 ◆4PE6.BwxWY (ID: aYwQGfB6)

▼悪魔の女王. -序奏-


 ニカ・フィーリィ。それは、〝ルダ〟という国にある街の少女の名前だった。
 〝ルダ〟は、ものすごく小さな国だ。人口も多くはないが、少なくもなかった。国民たちは貧乏なものが多かったため、生きていくには無理があった。
 親は子供に生きていくための術を教えた。

 〝邪魔な者を払いのけろ、邪魔なものを消せ。
  邪魔な者を利用しろ、邪魔な者を踏み台にしろ〟

 幼く貧しい子供たちは、親を誰よりも信じていた。子供たちは、親から伝えられた通りに邪魔な者を殺し、食した。
 ——そんなルダに生きる少女。
 彼女が生き残っているのは、父のせいかもしれない。だが、決していい父親ではなかった。
 父が愛するのは母だけ。13人の子供たちなど、べつにどうでもよかったのだ。子供たちを強く育てたのは、子供たちの身を案じてではなく、フィーリィ家の名誉を保つためだと思われる。
 そんな9番目、四女。それがニカだった。
 13人兄弟の9番目、しかも四女……父親はニカを〝不幸な娘〟と呼び、やはり名誉のためニカを特に厳しく育てた。
 彼女は、父の思惑通り生き延びた。
 ——……この日まで。

 * *

 ニカの目の前に広がったもの。それは、どろどろとした紅い液体だった。ぴちゃっ、ぴちゃ……そんな音を立ててニカの頬にそれがかかる。
 その液体がついた鈍く光るナイフ。それを持って無表情で立っている少年。そして、少年の前に頭を抱えて倒れている兄、ゼルス・フィーリィ。少年は一瞬灰色の瞳をニカに向けると、今度はニカにナイフを向けた。
 刃に映るのは頬に微かに血をつけた、幼い少女の姿。
 その瞳はどこを見つめているのかわからない——まるで抜け殻のようだ。
 ——……と、ニカの瞳に魂が戻った。
「……ふざ、けるな……」
 ニカは少年をキッと睨みつけると、腰から短刀を取り出した。短刀はナイフと違ってかなりの重みがあったため、いくら親に厳しく叩き込まれようと、振り上げるのは難しかった。
 短刀を両手でしっかりと持ち、ぐっと構える。
 少年はニカの心臓をめがけ、ゼルスの血がついたナイフを垂直に前にだした……が、ニカは短刀ではじき、額にいくつか傷がつく程度。
 ニカは唇を噛み、短刀を横に振った。
「……っ!?」
 どくどくと溢れる少年の血。少年はがくん、とその場に崩れた。
 まだ息をしていたが、間もなく死亡するだろう。ニカは少年を無視して、兄・ゼルスに近寄った。ニカ自身も額に傷を負っていたが、よろよろと座り込み、恐る恐るゼルスの肩に触れた。
 ゼルスは、もう冷たくなっていた。
 ただ、生暖かい血が、後頭部から流れているだけだった。
「兄、ちゃん……」
 途切れ途切れに、ニカはもう動かないゼルスに呼びかけていた。
「兄ちゃん……!」
 分かっていながら。分かっていながら、必死に呼びかけた。
「兄ちゃん!!」
 最後には、もう何を考えているのかも分からない状態に。
「兄ちゃん、兄ちゃん! 兄ちゃん!!
 うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ——ニカはただ叫び続けた。
 ただの死体になったゼルスは、もうニカの呼びかけには答えようとしなかった。