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Re: Love in My home ( No.3 )
日時: 2010/12/17 19:41
名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: BojjKUtd)

Episode01 「家訓」
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 槻谷家は然程教育に厳しいというわけでもないのだが、三つだけ、守らなくてはいけない家訓がある。

 一つ目。門限は厳守すること。小、中学生は八時、高校生は十時までに帰宅しなければならない。
「准一兄さん、今日、六時間目理科室で実験なんだよ。ちょっとだけ、居残り、だめ?」
「だぁーめ。“ちょっと”つっても、しーちゃん下校時間ギリギリまで居残るでしょ。家から学校遠いんだから、門限に間に合わないよ」
 左手に茶碗、右手に箸を持ちながら首を傾げ精一杯可愛く頼んだのも空しく、四海のお願いは准一によって却下された。因みに准一が言う“しーちゃん”とは四海のことだ。
 あっさりと却下された四海は、自嘲的な笑みを浮かべながら肩を落とした。四海だって分かってはいたのだ。准一が許可するわけないというのは。が、やはり心のどこかで少し期待してしまっていたので、結構ショックは大きかった。
「四海、そんな落ち込むなって。俺バイト頑張って、また何か実験器具買ってやるからさ」
 悠二は見かねて慰めるように言った。直後、四海の瞳が、キラリと光った。
「有難う悠二兄さんっ! 顕微鏡、買ってくれるんだね?」
 つい先程まで不気味に薄ら笑っていた四海の表情は一転、まるで獲物を見つけた獣のように、瞳からキラキラとした光線でも出ているのではないか、と悠二が思うほどに、嬉々として輝いていた。
 悠二はどんどん血の気が引いて行き、顔面蒼白状態。それもそうだろう。新手の詐欺に引っ掛かったのだ。誰でもあんな顔になる。

 二つ目。出かける際は、必ず目的地とそこに行く理由、帰宅する時間を家族の誰かに伝えてから行くこと。伝える相手が居なかった場合は、玄関の壁に掛けてあるホワイトボードに書かなければならない。
 平日の朝はいつも兄弟全員揃っているので、みんなで今日の予定を伝え合う事が恒例になっている。
「准にぃから年の順で、どぞ」
 と、楓五が准一に話をふる。
「学校行ってバイトがあるからいつもの本屋行ってぇ……八時には帰ってこれるよ」
 准一は今にも“ふにゃ”と聞こえてきそうなくらい柔らかな笑みを見せる。その後、ちらりと悠二に視線をよこす。
 自分に向けられた視線に気付いたのか、悠二は「ああ」と言って手に持っていた茶碗を置き、その茶碗の上に箸を置いた。
「勉強する為に学校に行って、そのまま家に直帰しまーす。今日は六時間だから、遅くても七時までには帰ってこれると思うよ」
 そう言って茶碗の隣に置かれた硝子製のコップを手に取り、入っていた麦茶を一気に飲み干した。ぷは、と小さく息を吐く悠二を横目に、三月は話し始めた。
「がっこ行って、サッカーの練習して帰ってくる! 悠にーちゃんと同じく、七時までには帰る!」
 言い終わるとすぐ、右手に持っていた箸を、ダイニングテーブルのほぼ真ん中に置かれた大きな白い皿の上の卵焼きに突き刺す。そんな三月に“箸ぐらいちゃんと使えや”とでも言いたげに睨んでいるのは、四海。
「……学校行って、居残りもせずにまっすぐ、どこのクソ真面目だよってくらいにまっすぐ帰ってきます。時間は大体六時半」
 ついさっき、准一に居残りはダメだとバッサリ切り捨てられたのを根に持っているのであろう。四海はやけに“まっすぐ”を強調して、やや嫌味をきかせて言い放った。
 だがそんな小さな反抗は、准一に対しては全く効果がないようで、相変わらずふにゃっとした笑顔で「えらいねぇ、真面目だねぇ」とのん気に言っている。
 いつもは准一を尊敬している四海も、この時初めて准一に対して殺意が湧いた。殺意はどうにかして抑えたが、苛立ちはどうにも抑えきれず、准一をこれでもかというくらい睨みつけながら小さく舌打ちをした。
 そんな四海を内心小馬鹿にしつつ、楓五は淡々とした口調で言った。
「学校行く。今日クラブ無いから五時過ぎには帰る」
 言い終わるとすぐ立ち上がり、食べ終わり空になった自分の茶碗と、中に注がれていた牛乳を飲み終わった自分の黄色いマグカップを持って、台所へ向かった。
「楓五! 挨拶は?」
 持って行った茶碗とマグカップをシンクに入れて、そのまま無言でリビングのドアに向かい出て行こうとする楓五を慌てて悠二が呼び止め挨拶をするように促した。
「ごちそーさまでした」
 楓五は眉間にしわを寄せ、ぺっと吐き捨てるように言った。
 実はこれが三つ目。どんな時でも挨拶はきちんとすること。これには、只今絶賛反抗期中の四海と楓五が異議を唱えている。「そんな幼稚園児にさせるようなことめんどくさい」と。だが准一はいつも「幼稚園児ができることなんだからちゃんとやろうよ」と返している。
 そんなわけで、三つ目の家訓は守られなかった事は無いのだが、一つ、二つ目の家訓はどちらも一度だけだが守られなかった時があるのだ。

次は、一つ目の家訓が守られなかった時の話をしよう。