コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 空を飛部 ( No.2 )
- 日時: 2010/12/23 07:56
- 名前: こるね (ID: mwz5SFMT)
この世界は、白く歪《ゆが》んでいる。まるで絵の具の白を水でぼかしたようなように。
この空間は、温度がない。温かいとも寒いとも感じない。まるで現実じゃないように。
この場所は、蝶が一匹存在している。現実では存在しない、綺麗に彩られた蝶が。
そして——
この夢はとても「悲しい」。何もいない夢なのに。蝶、一匹しかいない夢なのに。
何も感じない夢のはずなのに。ただの夢のはずなのに。
なぜか俺にとっては、この世界はとても大切な夢のはずなんだ。
しかし、どう大切なのか、何が大切なのか、なぜ悲しいのか、どうして俺はこの夢を見ているのか、俺には全く分からないところだ。
だって、夢だから。
夢に理由を求めても仕方ない。
でも、理由を求めずにはいれなくて。
だから、この夢を毎回見る俺は何のためにこの夢を見いるのか、この夢の世界で理由を探している。
白くぼけた世界に温度がない空間、蝶が一匹しかいない場所に悲しい夢の中で。
◆ ◆ ◆
「……っていう事になったんだけどいい? りんごに湊?」
「そうですね。確かにそうしないといけないなら仕方ないですね。いいですよ、私は」
「………………」
「湊は——って、湊ッ! 何寝てるのよッ!」
ゴン!!
「んがぁああ!」
「ちょ、麗華《れいか》ちゃん!? 私の彼氏になんて事するんですかぁッ!」
ま、待て……りん姉《ねぇ》よ……。い、いつ俺が彼氏になったんだ…?
しかしまさか、目覚まし時計の代わりに起こしてくれたのが、麗華の攻撃とは。
マゾなら嬉しがるかもしれないが、生憎《あいにく》俺にはそんな性癖はないから痛いだけだぞ。
「何が、私の彼氏よ。姉弟《きょうだい》のくせして。それに大切な会議中に寝ている湊が悪いのよ」
俺は顔を起こしながら反論した。
「それでも殴って起こすことないだろ麗——っておいッ! 何だ、その手に武装されているとても硬そうな灰皿ッ!! どこにあったんだよ!」
「制服のポケットの中に決まっているでしょ」
「そんなの入るわけないだろッ! お前のポケットは四次元ポケットか!?」
何だ? あの明らかに麗華の手の二周りぐらいありそうな灰皿は。
あぁ〜。いてぇ。死人が出ないのが奇跡に近いだろ? 今の起こし方。
もっと、こう愛情が含まれたような起こし方は出来ないのかねぇ。『起きないとキスしちゃうよ♪』見たいな感じでさぁ。
俺は殴られた頭を抑えながら少し頭のねじがおかしい麗華(本人に言ったら殺されるが)と弟の事を心配する方向が180度おかしいりん姉(本人は自覚済み)の方に向き直った。
俺が向き直ると同時に彼女たちと目があう。
そこにある表情は俺が予想していた表情とは違って、彼女たちの見開いた目だった。
「……! 湊、泣いているの?」
「あぁ?」
そして俺は気づいた。自分の頬が何かでぬれている事に。
それを必死に拭おうとするがあふれる涙は無意識に出ているため、止める事は叶わず流れ続ける。まるで、決壊したしたダムのように。
「……みなちゃん」
「いやッ!? これは別に殴られたから出た涙であって、そんな心配するような事じゃ……」
「…………」
だが、彼女たちは気づいている。これは殴られたから出た涙でもないし、欠伸で出たような軽い涙でもない事を。
夢を見たからだ。とてもとても心が沈む、蝶の夢。
その夢は俺を簡単に泣かせる。
多分、現実が肉体と精神で生きる世界なら夢は精神だけで生きているのだとおもう。だから、夢で楽しい事が起これば、目覚めたときには覚えてなくても無性にすっきりするんだろう。
逆に、夢で悲しい事が起これば、目覚めたときは精神が異常に疲れている、あるいは落ち込んでいる様な感じになるんだろう。
俺のは後者の方でいき過ぎな夢なんだ、そう理解している。
だから、もう泣くことには慣れた。
けど、やっぱり普通の事ではないみたいだからクラスメイトは引いているみたいだ。
はッ! ま、それが普通の反応なんだろうな。だってさ、起きたとおもったら泣いているんだぜ?
気持ち悪い以外に何もないだろ? 俺がそんな奴みたら絶対にドン引きだしな。
だから別に気にもしないし憎《にく》いや理不尽だとかそんな目で俺を見るななど思わない。
けど、クラスの中にも理解してくれる奴もいるし心配してくれる奴もいる。
木枯《こがらし》麗華と秋月《あきづき》りんご、この二人だってそうだ。
麗華は性格に難はあるが、それは暴力が行き過ぎたぐらいで、他は成績優秀だし、顔は知的美人とでも言うのかとてもクールな美少女だし、体つきだってそれにあわせて出ているところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
学園の男子生徒からは女王様扱いだ。
秋月りんごは俺の姉でとても弟思いの姉だ(こっちも行き過ぎているが)。麗華とは逆の性質で麗華がクールならこっちはおっとり系になる。顔もそうなのか、りん姉の場合は、可愛い系に入る。もちろん学園の男子からはお姫様扱いだ。
そんな一つ年上な彼女たちが俺には普通に接してくれる。馬鹿にしないで真剣に心配してくれる。
なら、それでいいじゃないか。
こんな学園のアイドル的存在に本気で心配してもらえるんだから。他に何を望むんだよ。
これ以上望んだら男子たちから殺されてしまうだろ?
「……湊?」
「みなちゃん?」
「……あっ、…ああ。少し考えごとをしていて……」
やば、少し話し込みすぎたみたいだな。りん姉たちが本気で心配している。
彼女たちは、俺の顔を覗き込んでいた。心配しながら覗き込んでいる彼女たちに俺は不覚にもやっぱり美人で可愛い人たちだと思った。
だから、こんな雰囲気と俺の思考を変えようと話題を戻す。
俺が寝ていて記憶にない、大切な会議とやらの内容に。
「それよりさぁ——」
俺は雰囲気を明るくしようと急にテンションの高い声で話を切り出した。
不意を突いたからな。二人とも目を点にしているぜ。ニッシシシッ!
「俺が寝ているとき、何の話をしていたんだ?」
出来るだけ明るい口調で言う。
「そ、それはね——」
麗華もりん姉も俺が無理にテンションを上げているのに気づいたらしくその流れに乗ろうとしてくれている。気づいてないフリをして。
心の奥ではいつも二人に感謝している。
ありがとう、麗華にりん姉。
「この部活の活動目標が決まったところで、それがなんと——」
麗華はそこで一旦《いったん》、話を区切ると顔を綻ばせながら視線をこちらに向け、そして話し始めた。