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Re: 俺様メイド?!!-クライマックス突入!!-更新再開 ( No.138 )
日時: 2011/05/19 16:06
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)

番外編 第6話


「翔、翔は居る?」

 恵梨は厨房に駆け込み、翔の名を呼んだ。
 いきなり名前を呼ばれて驚いたのか、翔は手に持っていた大皿を落としそうになるが、反射神経で落下しかけた大皿を掴む。

「ハイ、恵梨様。私に何かご用でしょうか?」

 一応恵梨はメイド長なので、翔は丁寧な口調で訊く。
 恵梨は翔に1枚のメモ用紙を突き付けて、

「夕食の買い出しをお願いできるかしら。今日は優亜様の婚約者様がいらっしゃる日なの」

 と言った。
 翔はメモ用紙を受け取り、「分かりました」と笑顔で告げた。
 だけど、内心は行きたくないと思っていた。優亜の婚約者なんかを迎えたくはないからだ。
 そんな翔の心情を察したのか、零音がポンと同情するように翔の肩を叩いた。

「同情はいらねぇよ」

「……そう」

 残念そうに零音の手が去っていく。
 翔は深いため息をつき、厨房の扉を開いた。
 と、同時にコロンッという可愛らしい擬音が聞こえるかのように、優亜が廊下に転がった。

「え、あ……も、申し訳ございません優亜様!!」

「大丈夫、大丈夫よ翔。そこまで心配しないで」

 優亜はドレスを払いながら、翔に笑顔を向けた。
 本当ならばもう少し、優亜と話せるのだがそうはいかない。翔には夕飯の買い出しという仕事があるからだ。
 翔はペコリと会釈し、そそくさと優亜に背を向けた。

「待って!!」

 優亜は、自分から離れて行く翔の背中に声を掛ける。
 ピタリと歩みを止めて、翔は優亜の方へ振りかえった。

「何か?」

「あ、あのね……その……」

 優亜は言いにくそうにもじもじとしている。ドレスの裾をギュッと掴んで離したり、髪の毛をクルクルといじったりしていた。
 翔は首を傾げて、優亜がするおかしな光景を眺めていた。一体何を伝えたいのだろう。

「……じょ、城下に連れて行ってほしいなー、なんて……えへっ」

 可愛らしくほほ笑む優亜。でも後から「やっぱ無し!!」と恥ずかしそうに叫んだ。

「いいですよ。行きましょうか?」

 翔は平然と頷いた。
 優亜はその答えを聞いて、ピタリと固まった。だが、徐々に顔を綻ばせていく。

「え、嘘……。本当に?」

「構いませんが。何故です? 優亜様は、城から出てはダメとか、そういう理由でございますか?」

 お姫様なのだから有り得る理由だ。
 優亜は、小さく何度も頷いて見せた。
 ふむ、と翔は顎に手を当てて考え込む。頷いてしまったのだから仕様がない。約束を破る訳にもいかないので連れて行こうと考えたのだが。
 さてさて、どうやって連れて行けばいいのやら。どうせ門には護衛が沢山いるだろうし。
 そこで、翔はピコンッと思いついた。

「私のスペア……で、よろしければ……」

「え、何の?」

「メイド服の、でございます」

***** ***** *****

 城下には沢山の人でにぎわっていた。

「わぁ、わぁぁああ……」

 優亜は瞳をキラキラと輝かせながら、辺りをキョロキョロを見回していた。
 そんな優亜を尻目に、翔は八百屋でトマトやらニンジンやらいろんな種類の野菜を買いこんでいた。

「翔、翔! すごいね、すごいねぇっ!!」

 優亜は翔のメイド服を掴んで、はしゃぎまわる。
 元々城下に住んでいた為、翔はそんなに嬉しい事ではなかった。むしろ何か嫌だった。
 嫌われ者だった翔は、そんなに街が好きではない。優亜の様に、王宮で閉じこもって居たかった。

「私は城下育ちなのでそんなにすごいとは感じませんが……」

「私、王宮の生活に飽きてたの。だから、城下がとっても新鮮で! うわぁ、すごい! 路上パフォーマーだ!!」

 優亜は道の端で行われている路上パフォーマンスの集団の元へ駆けて行った。
 翔は呆れたようにため息をつき、優亜の背中を追いかける。

「う、ん……見えない」

 どうしてもパフォーマンスが見たい優亜は、大衆の後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
 すると、いきなり優亜の腕が誰かに掴まれて、思い切り引かれた。
 誘拐か何かだと勘違いした優亜は、腕を振り払い平手打ちを叩きこもうとしたところで気付く。

「翔……?」

「こっち」

 短く言葉を吐き出し、翔は優亜を八百屋の隣に積み上げられていた木箱の上に乗せる。

「た、高くてぐらぐらする……」

「乱暴だけど、さ。この方が良く見える」

 見てごらんよ、と翔は優亜に言った。
 優亜は足場の不安定さを我慢し、顔を上げた。
 眼下に広がる城下の景色——路上パフォーマーが傘を回し、遠くまで見える人の数。喜怒哀楽様々な人の顔が、そこに存在していた。

「す、ごい……」

「当然。だって、ここは俺が住んでいた街だからな」

 翔は胸を張って答えた。が、すぐに顔を赤らめて、「すみません……」とつぶやいた。
 優亜は首を振って、「気にしないで良いよ」と言う。

「翔。今は城下に居るのだから、タメ口でもいいよ?」

「そう、ですか? じゃぁ、いいや」

 へへっと子供のように笑う翔につられて、優亜も顔を綻ばせた。



「なぁ、燐。アズマさん、どこに居るか知っとんの?」

「知りませんよ。あの人……『俺、運命の人見つけたから探しに行く!』とか言って行ったきりですもん」

「そっかぁ。あーぁ、アズマさん。どこに居るんやー、おいは疲れたでー」

「もうすぐですよ睦月。見えました、アルセーヌ王国の城ですよ」

 翔と優亜の横を通り過ぎた、黒髪と金髪の青年2人。
 その2人が口にした名前を聞いて、翔はふと、その2人に振り返った。
 だが、そこにはもう、誰もいなかった。

「……アズマ?」

「翔、どうしたの?」

「……何でもない」

 取り繕うように、翔は笑って見せた。