コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 俺様メイド?!!-クライマックス突入!!-更新再開 ( No.139 )
- 日時: 2011/05/20 15:15
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)
番外編 第7話
「翔・ルテ・アラスベルク様とお見受けいたします」
洗濯物を洗っている最中に名前を呼ばれたので、翔は顔を上げた。
視界によぎったのは、短い黒髪でにっこりとした笑みを浮かべた青年だった。
「何かご用でしょうか?」
翔は同じようににっこりと笑いかけ、青年に訊いた。
「僕は燐・エタルナと申します。これでも傭兵をしておりまして、今回優哉様に雇われました」
「そうですか。燐様、アルセーヌ王国へようこそ。心より歓迎いたします。失礼ですが、何故私の名を知っているのでしょうか?」
「あぁ、お姫様から聞きましてね。少し挨拶をしておこうかな、と思いまして」
燐と名乗った青年はそれだけ言うと、懐からナイフを取り出して翔に投げつけてきた。
翔は左へ転がり、受け身を取ってナイフから逃げる。
「いきなり何をなさるのです? 私は——」
「知っていますよ。あなたが男であり、城下で嫌われていて、お姫様をパレードの時に助けた事も」
自分を睨みつける翔に対して、いつまでも笑顔で立っている燐。手でナイフを弄びながら、こう言った。
「だから、少し僕と手合わせをお願いできないかと思いましてね」
「でしたら護衛隊の方に手合わせをお願いしてはどうでしょうか。私は仕事がまだ残っているので」
だが、翔が断った途端、翔の頬をナイフがかすめて行った。
少し皮膚が切れ、血が流れる。翔は燐の事を睨みつけた。
燐は楽しそうに、玩具を与えられた子供のように笑いながら両腕を広げた。
「アズマさん以上に、君は楽しませてくれますか?」
「……ハッ。そんな悠長な事を言ってられるかよ。ぶちのめしてやる」
完全にブチギレた翔は、スッと静かに身構えた。
今にも2人の戦いが始まろうとした、その瞬間————遠くで悲鳴と、天へと響く銃声が聞こえた。
燐はふと、空を見上げて首を傾げる。
「おかしいですね。こんな平和な国に、銃なんか——翔様、どこへ行かれるのです? 戦いはまだ終わってないで——」
いきなり駆けだした翔の背中に、燐は声を掛ける。
しかし、翔は燐に振り向きもせず城の中へと吸い込まれて行った。とても必死そうな表情を浮かべながら。
「……ハァ、勝負はお預けですか。ですが——」
さっきの翔を思い出してみる。
あの口調、そして身構え方——自分が慕っていたアズマにそっくりである。
燐は乾いた笑みを洩らし、ナイフを懐にしまった。
「まさか、そんな事がある訳がない」
***** ***** *****
翔は王宮の廊下を走り抜け、優亜の部屋へとたどり着いた。
乱暴にノックして、ドアノブを捻る。
明るく広い部屋の中心に、へたりと座りこんでいる優亜を見つけた。
「優亜様?!」
翔は慌てて優亜へ駆けよる。
優亜は怯えたように肩を震わせ、翔を真っ直ぐに見上げた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「あ、あ……。翔、しょう!!」
優亜は立ち上がり、そして翔へと抱きついた。
いきなりの事で、翔は身を硬直させる。勢いよく鼓動する心臓を何とか押さえつけ、優亜に「大丈夫ですか」と訊いた。
「だ、いじょう、ぶ……。それより、お父様が……」
「優哉様がどうなさいました?」
震える肩を抱きかかえるようにして、翔は優亜を包みこむ。
嗚咽しながらも、優亜は震える声で言葉を紡ぎ、理由を話し出した。
「お父様が、私の婚約者様の国を滅ぼしちゃった……。相手が、婚約を断って来たから……。私は、別に婚約なんてしたくなかったから、良かったのに……」
優亜は翔から離れ、涙を拭う。
「優亜様が無事でおられたので、私は何よりです」
「翔、お願いがあるの……」
「何でしょうか」
グイッと翔の手を掴み、優亜は言った。
「私の傍から、離れないで。人が消えて行くのは、とても怖いの」
その言葉を聞いて、翔は優亜をもう1度抱きしめた。
愛おしそうに、まるで何かから守るように。
「ハイ。この身が朽ち果てるまで、あなたに添い遂げましょう」
「……ありがとう、翔」
優亜はふわりと柔らかくほほ笑んだ。