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- Re: オタクな生徒会長は絶好調!?『第49話更新』 ( No.182 )
- 日時: 2011/11/23 16:28
- 名前: 棋理 ◆U9Gr/x.8rg (ID: 3s//keBI)
第50話『本当はずっと、一緒に——』
————油断した。
そう思った途端に、持っていたカップを床に落とす。中身が飛び散る。
けれど、それを気にする前に、私は思わず下唇を噛んだ。そして思う。
————悔しい。
彼の体温を感じながら、私は抵抗をせずにただ為されるがままになる。
「あれ?抵抗しないんだ」
「しても無駄ということを、2年前に学びましたから」
「さすが玲だね。けど———それじゃ、何の面白くも無い」
そういうと、さらに密着させるように強く私の体を抱き寄せる。
彼の鼓動が聞こえる。少しはどきどきしているのだろうか。それとも、大学生になった彼には彼女が出来て、日々その彼女にこのようなことをしているのだろうか。
————今彼の腕の中にいて安心しているのは、気のせいだろうか。
ふいに、そんな余計なことが頭をよぎる。
「……どうしてっ」
「…………へ?」
私の耳の近くで、奏汰君が苦しそうに呟く。毒でも吐きそうなその言葉に、私は奏汰君の顔を見る。私の肩に寄りかかるようにしている奏汰君の顔は、長い前髪でよく見えなかった。けれど、そのあまりのギャップに、思わず体の力を抜いてしまった。それにかまわず、奏汰君は言葉を紡ぐ。
「僕は……普通に玲と接していたかった。許婚とかそんなこと関係なしに、普通に……。なのに……っ」
「奏汰君っ……!」
肩にしずくが落ち、私の制服にそのあとを残す。それは、奏汰君の涙だった。
————奏汰君が、泣いている。
彼が……普段人に弱さを決して見せない彼が、泣いている。
それだけで、私は胸が締め付けられるほどに痛かった。そして、彼を支えるようにして抱きしめる。強く、深く。彼を敵対視していることなんて、もはや気にならなかった。ただ、彼が苦しい表情をするのが絶えられなかった。
「原田君が玲のことを好きだと知ったとき。本当は嬉しかった。僕が好きな玲は、やっぱり誰からも好かれる、とても素敵な少女なんだと。誇らしかった。けど——絶えられなかった。どこか遠くに行ってしまうんじゃないかって」
「…………うん」
「そのとき、すごく不安だった。もしかして玲は、僕のことをもう見てくれないんじゃないかって。昔みたいに互いの家を行き来することは無いんじゃないかって。玲は————僕じゃなくて、彼のほうを選ぶんじゃないかって」
「…………っうん」
先を促すわけでもない。けれど、ただ彼が重ねる言葉に相槌を打っていく。
それだけで、彼の思いが感じることが出来るのなら。
さらに強く抱きしめられる。正直に言うと、それは本当に強くて体が痛かった。けれど、私も彼のことを抱きしめる。
————私はここにいる。
それを感じてほしくて。
それからしばらくの間。私と奏汰君は、特に言葉を交わすことなく、じっと互いの存在を確かめ合うように抱きしめあっていた。途中、廊下から誰かが生徒会室の前を通り過ぎる足音がしたが、特に気にならなかった。ただ、彼が落ち着くまで体温を感じて。
不思議と、そこに恋愛感情云々は浮かばなかった。ただ、支えることで、彼が支えてくれるんだと実感した。
私が支えるようにして抱きしめると、今度は彼が抱きしめてくれる。自分の不安を打ち消すためか。それとも私がいるということを感じるためか。それとも————
————こんなに強がっている私が、弱く見えたのかもしれない。
気がつくと、日はとうに落ちていて、あたりは闇に染まっていた。時刻は6時30分。
私が身じろぎすると、奏汰君もようやく私を解放する。彼の表情は、先ほどと同じく長い前髪でよく分からない。けれど、
「明日は、楽しんでね」
「……へ?」
思ってもいなかった言葉に、思わず怪訝な顔をする。
「今年は最後の学園祭だろ」
「それは……この丘の上高校にとって?それとも、私にとって?」
その言葉に、奏汰君はさびしそうな笑顔を見せた。
そして、何故だかその笑顔を見て胸が痛み、自分の発言にちょっとばかり後悔した。