コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *叶恋華* +実話+ 98話更新! ( No.426 )
- 日時: 2011/04/17 02:13
- 名前: 絵磨 ◆VRtMSlYWsU (ID: Qs8Z87uI)
- 参照: 『DRY JET GIRLY MACHINE』かっこよすぎ(ぇ
第百一話『言えない言葉』
君の前で、可愛く居たいのに。
君の前だからこそ、可愛くない自分が居る。
……私の、馬鹿。
「気持ちいいなこれ〜」
授業中、健吾はこちらの方に体を向けて、私の筆箱についてるウ○ビッチを触っていた。
触る分には構わないので、私は放っておいていた。
でも、健吾は『触る』だけで済む奴とは思えない。
そんな大事な事を、すっかり忘れていた。
「もらうわこれ」
「はっ!? ちょ、」
奴は、森野だ。
いや、森野もどきだ。
健吾は筆箱から素早くウ○ビッチを外し、自分の手にしっかりと握っていた。
そしてそれを、
「壱ー、壱ー」
「ん?」
「ちょ、……っ!?」
壱の方に向け、ウ○ビッチアピールをした。
そう、壱はウ○ビッチが大好き。
噂によると、家は『ウ○ビッチ御殿』だとか。
……まぁ、そんな噂が流れる位、彼はウ○ビッチが大好きだ。
「これって……?」
「ウ○ビッチ」
健吾が笑みを浮かべながら、ウ○ビッチを振る。
壱は次第に目を輝かせ、口元を少しずつ緩ませていった。
「UFOキャッチャーでとったの?」
「うん」
「俺もそのポ○スのやつ持ってるよ!」
そう話す壱の顔は、無邪気な笑顔を浮かべている。
その姿はまるで、何かを一生懸命に語る子供のようだった。
なんていうか……。めちゃめちゃ、輝いてる。
「まじ? じゃあこれあげる」
「いや、あげなくてい……」
私が言葉を言い切る前に、健吾は壱の方へウ○ビッチを投げた。
壱はそれを片手で華麗にキャッチし、ウ○ビッチを触り始める。
「……っ」
一瞬にして、辺りの音が聞こえなくなって。
授業中の騒がしい教室、先生の大きな声。
全部全部、消え去って。
壱と私の空間だけが、静かになっている……みたいな感覚になった。
なんだかやけに、ふわふわした感覚。
辺りの音は静かなのに、私の心臓の音だけうるさいくらいに響いて。
頭も心もパニック状態で。
どうしたらいいのかわからなくて——。
気付けば、私は黙って手を伸ばしていた。
「っ、……」
「……」
『突然なんだ』って、思われたかもしれない。
息が詰まりそうになりながら、私は壱から目を逸らす。
壱は顔上げて、一瞬少し驚いたような表情をした。
しかしまた顔を下げて、その切れ長の目を伏せる。
そして壱は腕を伸ばし、ゆっくりと私の手に乗っけてくれた。
ゆっくりと伝わる、ウ○ビッチの感触とほんの微かに触れた壱の指。
私の手のひらに伝わるのと同時に、壱はすぐ手を引っ込めた。
私より細いけど、ちゃんと男の子らしい手。
腕なんかスラリと長くて——。
数秒見とれてしまったけれども、すぐウ○ビッチを握って前を向いた。
「……」
「や、壱返すなよー」
「——……え? 健吾のじゃなかったの?」
「違うよ」
「俺、てっきり健吾のかと思ってた……」
壱がそう言って軽く笑みを浮かべる。
健吾はいつものように天邪鬼な笑い声を上げた。
私はウ○ビッチを握りしめたまま、俯く。
——また『ありがとう』って言えなかった。
たった一言の簡単な言葉なのに。
暖かくなる、言葉なのに。
どうして、壱を前にすると言えないんだろう?
どうして?
頭では、ちゃんとわかってるのに——。
言いたくても言えない言葉を、飲み込んだ。