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第一章 過去からの逃れと二度目の出逢い (5) ( No.10 )
日時: 2011/03/16 12:11
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5Zruy792)



楓はそこまでの記憶を振り返り、少しだけ頬を赤く染めながらハァっとため息を吐く。今思い返せば、楓にとってあれが“初恋”だった。その後は結局、それぞれの担任の先生が息を切らしながら楓と少年に駆け寄り、別々の棟に連れていかれてしまった。楓は質素な棟に……少年は豪勢な棟に……

 それからも楓は諦めず、少年を捜し続けたが見つかることは決してなかった。でも今考えれば会えなくてよかったのかもしれない……楓にとっては少年と出逢うことだけが、人生の全てにおいて生き甲斐になっていたのだから。

「あの少年はあの時、この棟に連れていかれたから“主”になったんだよね……」

 楓は掲示板の後ろにある大きな棟に視線を移す。ここは主の者たちが八年間学んだ場所。そして楓は反対側にある棟へと向き合う為に、身体を曲げる。楓の長く伸びた髪がふわりと揺らぎ、身体にまとわりつく。豪勢な主の棟と反対側に立っているのが質素な騎士の棟、そして真ん中には楓がこれから通う、高等部が立っていた。楓は“騎士”の棟で、辛く過酷な八年間を過ごしたのだった。


——

「もう……楓ちゃんはこっちの棟なんだから。って言ってもまだ七歳なんだし掲示板なんて何処見たらいいのか分からないわよね」

 すらりとした背の高い先生は顔を楓の方に向け、目を少し細めながら口角を上げ大人の笑みをこぼす。薄いピンク色のスーツが綺麗に整い過ぎていて、近寄りがたい顔立ちを柔らかくする。

「でも楓は……えっと、主の一族だからこっちの棟じゃなくてあっちの棟なんです」

 楓は先生の問には答えずしゅんとした表情を見せ、先生に訴えかける。歩みを進めているうちに騎士の棟の一部に入り込んでいた。しかし、生徒は一人として見当たらなかった。楓が連れてこられたのはいたって普通の廊下だった。しかしその天井は板が張り巡らされただけで、天井にある電球はちかちかとしていて、今にもきれそうだった。この環境は主の一族として幼いころから育っていた楓にとって、有り得なかった。

「何を言ってるの楓ちゃん? 貴方は“騎士”なのよ」

 先生は笑みを消し、驚いたように顔を少し引き攣らせながら声を小さく上げる。そして楓と目線を合わせるために、廊下の真ん中で膝をつく。

「違うんです。楓は……楓は今まで主になる為に頑張ったんです。辛いことも主の誇りを汚さないために」

 また泣きだしそうな顔で楓は必死に訴えかける。すると先生は楓のいった言葉が妙に引っかかったらしく、楓に尋ねる。

「楓ちゃんの名字って確か“神風”よね?」

「はい。そうですけど」

 楓は何で名字を聞かれたのか分からないらしく、眉を真ん中にきゅっと寄せながら答える。

「神風……何処かで聞いたことがあるわね」

 先生は顔を斜め上の天井の方に向け、表情を少しこわばらせながら、何かブツブツと言いだす。過去の記憶を引っ張り出すのにそう時間はいらなかった。蘇った記憶が確かなものかは分からなかったが。

「まさか、ね。楓ちゃん……先生と一緒にこの学校で一番偉い先生の所に合いに行こう?」

「えっ? …………分かりました」

 楓は何かを言いかけるがすぐにでかけた言葉を飲み込む。楓は誰に合うのか分かったらしく顔に少し戸惑いの表情を浮かべている。先生は立ち上がり、素早く楓のか細い腕を優しく掴むと、今来た道を逆走していく。向かった先は豪勢な“主”の棟だった。

 先程までいた質素な棟と比べると明らかに違った。廊下にはカーペットが敷いてあり、所々に眩い光を一定に放つ電球もあり花をモチーフにした電球カバーがついていて寄り一層、高級感が漂っている。そこには楽しそうに会話をしている子供がたくさんいた。もちろん、楓と同じようなきっちりとしたスーツやワンピースに身を包んでいる子しかいなかった。