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第一章 過去からの逃れと二度目の出逢い (6) ( No.16 )
日時: 2011/04/03 13:15
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: rLJ4eDXw)



「先生…………楓はここに来れるんですか?」

 楓は顔を同級生となる者たちに向けたまま、ぼんやりとしたような口調で問う。それでいてどこか羨ましそうな瞳だった。先生はハッとしたような顔をして何かを言おうとするが言おうとした言葉を飲み込み、口をつぐんでしまう。

「先生? ……違うんですか?」

 楓は先生に不安そうな顔で詰め寄る。二人の歩みは次第に遅くなっていく。言葉だけではなく、行動にもそれは出ていた。

「まだ分からないの……ごめんね。校長先生に聞けば全てが決まるから」

 先生は険しい顔つきのまま、少しトーンを下げた声で楓の切ない問いに答える。それだけで楓が希望を捨てるとは思わなかったが声に出して言うには辛い言葉だった。

「……そうですよね。変な事を聴いちゃってごめんなさい」

 楓は僅かな希望を抱けたのか、照れくさそうに微笑みながら先生の言葉を真に受ける。初めて楓の笑みを観た先生は少し驚きながらも、あくまで冷静さを保っていた。その笑みが“事実”なのかは楓にしか分からないからだ。でもその笑顔が本物であって欲しいと願ってはいられなかった。
 先生は歩みをピタリと止める。遅れて楓も歩みを止め、横に居る先生の顔を不思議そうな表情で、身体を少し傾けて覗きこむ。

「賢い楓ちゃんだから分かってると思うけど……ここが学校で一番偉い人“校長先生”の部屋よ。緊張せずになるべく自然体でいてね」

 楓にそう言う先生だったが楓の手を握る力が強くなり、汗ばんでいる。先生も緊張しているんだと楓は幼いにも関わらず感じとってしまった。そして楓自身も自分をなるべく落ち着けるため先生の大きな手を少し強く握る。

「騎士の棟のA—1担当の峰昌小百合です。ある生徒のことで話があって来ました」

 ノックを軽くする。絞り出したような小百合の高い声は僅かにだが震えていた。楓もより一層ドキドキし、視線を下に向けてしまいそうになる。

「小百合さん? いったい何があったの……まぁ、一応入って」

 穏やかそうな若く優しそうな男の人の声が、一枚のドアをはさんで聞こえてくる。楓は小百合の少し緩んだ表情を観てホッとしたような表情を広げる。

「翼校長……失礼いたします」

 少し重たそうに小百合は一歩を踏み出す。楓も数歩遅れて小百合の手に導かれる様に部屋に入る。その部屋は一言でいってしまえば神聖な場所だった。入った途端に広がるのは赤茶色のふわふわな絨毯、白い壁の上の方には歴代の校長と思われる色あせた写真が数々あった。天井には大きなシャンデリアが三つあり、窓はカラフルなステンドグラスでそこから入り込む光が校長と思しき人をいろんな色に、神々しく照らしていた。

「良く来てくれましたね。可愛い新入生だ、で? 小百合さんはこの子に関する話で来たんですよね」

 翼はいたって穏やかな口調だったが既に話の内容は少し感づかれている様だった。楓を見つめる翼の漆黒の瞳が怪しく光る。楓は思い起こしていた校長先生とは違ったらしく、きょとんとした表情を浮かべていた。

「この子……あの“神風家”の一族の子らしいですが、何故騎士の棟に入学許可を? 何をお考えなのですか?」

 小百合は翼の姿にひるむことなく語尾を強めながら問う。ブラウンの瞳は決して揺るがず翼をしっかりとらえていた。

「……? どういうこと? 神風家の子だってことは分かりましたが、私はそんな事知りません。まぁ、何かの手違いで騎士の棟に入学許可を出してしまったんだろう」

 眉を下げながら困ったような、深刻そうな表情をする。楓は何となく分かったのか納得したような表情を見せる。しかし、小百合は瞳を陰らせ強気に出る。

「では、この子に“主”の棟の入学許可を渡して下さい」

「それは無理なお願いです」

 小百合が言って数秒も経たない内に翼は絶望的な言葉を浴びせる。

「あの決めごとが原因ですか? 翼校長の権限でも一度決まった理は変えれないのですね」

 小百合はまるで最初から分かっていたかの様な口調で答える。楓は何が何なのか理解できないらしく、呆然としている。

「下がりなさい。入学式が始まります。先生がいなくては生徒が困りますよ」

 翼は何故か小百合の問いには答えず、小百合を教室に戻るように促した。小百合は了解したのか軽く頭を下げ、楓の手をそっと握りドアへと向かって行った。

「失礼しました」

 小百合は楓にお時儀を促す。楓は不安で怯えきった表情のままお辞儀をし、小百合に手をひかれて出て行った。
 ドアがゆっくりとしまった後、翼はどっと深いため息をつき、両肘をシックで豪勢な机につく。

「あちらの世界で何か起こりましたね……女神様、貴方があの時何をしたのかようやく分かりました」

 机に置いてあった煙草の箱とライターをとる。箱から残り一本の煙草を取り出し、火を手で覆いながらライターで煙草に火をつける。煙草をくわえながら、翼は立ち上がり窓に近づく。最後に意味深な言葉を残し、煙をゆっくりと吐きながらステンドガラスの模様を指でなぞっていた。