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第一章 過去からの逃れと二度目の出逢い (7) ( No.21 )
日時: 2011/04/03 15:16
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: rLJ4eDXw)



小百合は楓と校長室を出た後、歩みを重たくしながらも一歩一歩を大きくし、黙ったまま“騎士の棟”を目指していた。この沈黙が何を示しているのかは幼き楓にも分かっていた。

「先生? 楓はやっぱり……」

 楓は何かを言いかけるが、諦めたように左右に力なく首を振り、頭を垂れた。小百合は声をかける事も出来ず、ただ震える手で楓の頭を優しくなでることしかできなかった。

「楓ちゃん、安心して。私が……私が必ず立派な騎士にして見せるから」

 小百合は楓に言い聞かせるように、そして自分が決意したように言う。

「えっ? それは……本当ですか、先生」

 楓は少し驚いたように目の前にある小百合の顔を眺める。そしてその言葉が小百合の決意に満ち溢れる顔を観て、事実だと受け止めたのか緊迫していた表情を少し和らげた。それと同時にギュッと握っていた拳を開き、力を抜く。張っていた気も抜けた様だった。

「本当よ。八年間……私が楓ちゃんの面倒を責任を持ってみます」

 小百合は表情を緩ませ、微笑む。つられて楓は笑いながらも瞳からはスゥッと大粒の涙があふれていた。これから先どれほどの辛いことが待っているのか、この時の小百合と楓は知らなかった。それでも…………負けることは絶対になかったのだから。


——


 楓はそこまでの記憶を掘り返し、余韻に浸っていた。そして少しだがあの時と同じような笑みをこぼし、心の底から感謝の想いを込めて呟く。

「小百合先生……今までありがとうございました。私は必ず立派な騎士になって見せます」

 その言葉を小百合の素まで運んで行くかのように、ブワッと強い風が吹く。その風で楓の髪が少し乱れる。当の本人は左目にゴミが入らないように手で遮っていた。しかし、次の瞬間見た光景で楓の動作は完全に停止し、その光景に見入っていた。

「うわぁ…………綺麗!!」

 風の影響で咲き誇っていた桜の花びらが枝から離れ宙を鮮やかに舞っていた。楓以外の者たちもその光景に呆気にとられていた。目の前がピンク一色と言って良いほどに染まり、瞳で春を感じられた。楓は視線を空へと向ける。空の青色に桜のピンクが映えていて、何とも言えない美しさに思わず微笑んでしまう。
 そして風がやむと花びらはひらひらと力をなくしたように、地面に落ちて行った。すると楓は少し寂しそうな表情をしながらも肝心な掲示板へと目を向けた。

「神風楓……神風楓は何処かな?」

 前例が今だに忘られないため、楽しそうにしようとしても自然とこぼれる笑みはなかった。作り笑いしかそこにはなかった。
 周りを見渡してしまえば主と騎士、ほとんどの者たちがパートナーと出逢えていた。その光景が過去とくっきりと重なり、楓は急いで探しだそうとする。

 足音がすぐ側まで聞こえているのにも気づかずに……

「神風……かえで? さんかな」

 突如、楓の後ろから優しい大人びた少年の声が掛けられる。楓が自分のことだと理解するのにそう時間はかからなかった。昔から“かえで”と名前を間違われ、最初の頃は寂しく思ったものの、今ではもう当たり前になっていた。楓は内申またかと思い、作り笑いで否定しよう、そんな事をザッと一瞬で考え、振り返った。

「いや……違ったね。神風“ふう”だったよね」

 またもや風が吹き荒れる。きっと聞き間違いだと思ったが、間違いなくその声は、唇は“ふう”と言った。そしてその声の主をまじまじと見つめる。瞳に映るのは藍色の目、色白の肌、ブラウンの髪……いつか見た光景。楓の記憶の中で最後のパズルのピースがはめられたようなに、何かが一致した。しかし、楓自身その何かが分からず胸がギュッと掴まれたような、何とも言えない苦しさに襲われる。苦い味が広がっていく。

「……何で私の名が“ふう”だと思ったのですか?」

 平常心を保とうとしても乾いた唇がくっつきなかなか言葉にできなかった。それでも心の乱れを感知されないように作り笑いをする。

「勘かな? それと……夢のような淡い記憶のおかげ」

 少年がボソッと答える。表情は相変わらず、どこか悲しげだった。しかし、遠い日の記憶を掘り出そうとしている様な迷っている瞳だった。

「では何故私に声をかけたのですか? それと貴方の名前は?」

 楓の最大の疑問を投げかける。一番知りたい事だった。それを知ることが出来れば、鎖がちぎれると思った。鎖よ解き放て——

「俺の名前は“氷崎由羅”。そして楓……君のマスター」

 由羅はわずかに微笑みながらそう言い、楓が見ていた掲示板を指さす。指差す先は楓はまだ見ていない場所だった。そこには間違いなく記されていた。

——主“氷崎由羅” 騎士“神風楓”——

 そこで楓の鎖がばらばらに契れる。


——


「ありがとう『由羅』君……」


——


 あの時の少年の笑みと由羅の笑みが重なる。そして楓はこの二人が同一人物だと思いだした。楓はにわかに頬を赤く染め、満面の笑みをこぼしてしまう。瞳のふちに涙が溜まっているのにも気づかない。由羅はこの記憶を忘れてしまっているのか不思議そうな、きょとんとした顔をしていたが、今の楓は気にしなかった。ずっと逢いたかった初恋の相手に逢えたのだから……自分の生きがいになっていた人物に……今も好きな人に。
 桜が満開に咲き誇り、春真っ盛りの今日……対峙する二つの影。これが楓と由羅の二度目の出逢いだった。