コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第二章 ただ誰も傷つけたくなくて (2) ( No.31 )
- 日時: 2011/04/03 15:28
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: rLJ4eDXw)
由羅は一階に降りて来ると、真っ先に台所へと向かう。少し表情を和らげながら慣れた手つきで卵を割る。フライパンに卵を二つ落とすと、ジュワァと乾いた音が溢れ出す。卵を焼いている間に由羅は食卓にパンとカップを二つずつ並べる。そしてやかんに水を注ぎ、コーヒーを飲むためのお湯を沸かす。それが終わると由来はフライパンの火を止め、目玉焼きを白い皿に盛り付ける。それと同時に二階から人が降りて来る足音がする。
「お、おはようございます。寝坊してごめんなさい。……何をしたら良いですか?」
楓があわてふためきながら階段を降りて来る。由羅が危ないからゆっくり降りてと楓に言おうとした時だった。楓が階段を踏み外し、三段くらいの位置から転げ落ちそうになる。
「きゃっ…………痛たた」
楓はギュッと閉じていた左目をゆっくりと開く。楓はまえのめりに倒れていた。視界はさっきと変わり、いくらか低くなっていた。楓がそのままの体制でいると、さっきまで台所にいた由羅が屈み込み楓の視界を遮る。由羅はクスリと笑いながら楓の格好を近くで見つめていた。
「大丈夫? 手貸すから立ち上がれるよね」
由羅は楓が何も言わないので不安に思ったのか、真剣な面差しに変わる。楓が戸惑っているのも気にせず、楓の両手をとり立ち上げる。楓は頬がにわかに赤く染まっていくのを実感していた。すると台所からヒューヒューと水が沸騰している音が聞こえてくる。
「コーヒーをいれたら準備は出来るから朝食にしよう。楓もお腹すいたでしょ?」
由羅はそれだけ言うと何事もなかったかのように、台所へと戻り、火をとめる。やかんの音は勢いがなくなり萎んでいく。由羅はやかんを手に取り、リビングのテーブルにあるカップに注ぐ。たちまちにカップからは湯気が出て、香ばしい匂いが漂う。しばらくぼんやりと突っ立ていた楓も、ゆっくりとリビングに入って来る。
「落ち着く部屋ですね……そういえば私、誰かとご飯食べるの久々です」
楓が嬉しそうにそんな言葉をもらす。楓のその言葉には何も意図はなかったのだが、由羅は悲しげな顔つきになり俯く。
「俺も久々だな。懐かしいよ」
「えっ? マスター?」
楓は触れてはいけないところに触れてしまったのだと思い、困ったようにうろたえる。
「あっ……違うよ。俺の両親、仕事が忙しくてなかなか会えないんだ」
由羅はそんな楓の気遣いに気がついたのか、優しく笑う。でも楓は気づいていた。あの微笑みは“作り笑い”だと。それでも楓はそれ以上その事を追求しようとは思わなかった。
「マスター座りましょう。せっかくのコーヒーが冷めちゃいますよ」
楓は微笑みながら二つある椅子のうちの一つを音をたてないように自分のほうに引く。そして由羅にそこに座るように促す。
「ありがとう。後は自分でやるから楓も席について」
由羅は座り、椅子をテーブルのほうに引く。楓も由羅が座るのを見届けると、静かに座る。そしてテーブルに並べてある朝食を、キラキラと輝いた瞳で見渡す。
「凄い美味しそうです!!」
楓は待ちきれないのかうずうずしている。由羅がそんな光景に、少し顔を和ませる。
「「いただきます」」
二人の声が重なる。それ以後は食事をとる音しかしなかった。楓は満足げに頬を膨らませ、よく噛んでいる。カスタードパンを口に含んでいる時の楓の表情は、誰が見ても幸せそうな顔だった。由羅はちらっとそんな楓を見てから、テーブルに乱雑に置いてあったテレビのリモコンを手にとり、電源を入れる。テレビからはニュースなのかアナウンサーの声が聞こえてくる。いつの間にか、由羅の眼差しは鋭いものに変わっていた。楓もテレビに目線を向けると、さっきとは打って変わり、真剣なキリッとした表情になる。
『ただ今入りました。速報です。先程、東京に魔獣が現れたそうです、これで十日連続で日本各地で魔獣が現れた事になります。皆様も引き続き外出する時などは気をつけて下さい』
慌てたように、若い女性のアナウンサーがそのニュースを伝え終わると、楓と由羅の表情はさらに険しいものと化していた。