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第二章 ただ誰も傷つけたくなくて (7) ( No.40 )
日時: 2011/04/17 16:08
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: rLJ4eDXw)



「……あの威力何とかなりませんかね?」

 そんな屈託のないことをもらしながら、楓は血のついた口元を手の甲で拭う。由羅が追ってきていることを知らない楓は、一人で魔獣に立ち向かっていた。周りの者達は逃げ切ったあとのようで、辺りは建物の残骸が広がっていた。そんな中に幼い少女と大きい獣が向き合い、戦っていた。獣は楓を敵だと見なしたようで、先程から踏み付けようとしたり、手で払いのけようとしている。しかし、楓は運動神経が飛び抜けて良いため魔獣の攻撃もあっさりかわしていた。

「……私は早く戻らないとなんで、消えて下さい!!」

 楓は肩にかけてある鞘に手を伸ばし、おもむろに長剣を抜く。楓の手に握られた長剣は柄の部分が鉛のような銀色に輝き、色々な細工が施してある。そして空を切り裂きそうな程、鋭い剣先はぎらぎらと太陽の日差しを反射して光っていた。
 楓は右手に長剣を持ち、今まで以上の速さで魔獣の懐まで駆けていく。そして人並み以上の高さまで跳ねると長剣を上にかかげ、魔獣に振り落とそうとする。

「これで終わりです!!」

 楓は掛け声と共に魔獣を切り裂いた……はずだった。

「…………嘘!! なんで、かすり傷一つ出来てないの!?」

 楓は反対側に着地をし、振り返って見たがそこには無傷の固い鎧が鈍く光っていた。鎧を身に纏っていた魔獣は微動だにせず、吠えていた。楓は驚いていたが、大分体力を使ったためか息切れが激しくなっていた。魔獣はゆっくりと振り返り、真っ赤に燃えるような眼差しで楓を見る。楓は殺気が強くなったのを感じたらしく足をじりじりと下げる。すると魔獣は楓の異変に気がつき、勢いよく地を蹴り、躊躇いもなく右前足で楓を吹っ飛ばす。

「っつあぁぁ…………」

 数メートル先に飛ばされた楓は地面にたたき付けられる。その影響で顔に切り傷ができ、血がじわじわと浮き上がる。しかしそれ以上に魔獣の爪で引き裂かれた右肩は、血がどくどくと溢れ、動かすにはきつそうだった。

「……こんなに強いなんて誤算でしたね」

 余裕はないはずなのに楓の表情からは笑みが見え隠れする。この笑みの意味は、楓にしか分からないであろう。右腕をだらりと下げながらも顔をしかめるだけで、楓はふらつきながら立ち上がる。少し俯いていた顔を上げれば、そこにはまだ鋭い眼差しがあった。そしてかたかたと震える左手だけで長剣を構え、最初よりは遅くなったものの、魔獣の元へ走って行く。

「私はまだ死ねない。この約束だけは絶対に守りたいの!!」

 楓はいつも以上に大きい叫び声を上げる。その声に反応したかのように、魔獣は体制を楓の方に向ける。魔獣は余裕なのか大きく欠伸をする。そんな魔獣の仕草を内心いらいらと感じながらも、油断は全くできなかった。
 魔獣が右前足を動かした瞬間楓は何か気がついたのか、はっとした表情になる。そしてさっきの少し引き攣った笑みとは違い、少し余裕な笑みを浮かべた。魔獣がどんどん加速してくるのにもかかわらず、楓は目を閉じゆっくり深呼吸をしていた。

「貴方の弱点分かりました。これならどうですか?」

 魔獣がまたも右前足で楓をさっきよりも遠くへ飛ばそうとした時だった。楓は目をパチッと開き、魔獣の攻撃をあっさりと右上に少し跳ねる。魔獣の足は空気しか捕らえる事が出来ず、少し困惑したような表情を見せきょろきょろとしている。

「どうですか? これは痛いはずですよね……」

 楓が着地したのは魔獣の右前足の側で魔獣の視界からは全く見えない場所にいた。その声で楓の位置が分かったのか、また右前足を上げようとする。しかし楓はそれを見逃さず、長剣の刃を下に向けたまま勢いよく振り下ろす。

「ウオオォォォォォォォォ」

 その瞬間痛々しい雄叫びが空を切り裂くかのように、辺り一面に響き渡る。魔獣の右前足には楓の長剣が刺さり、血が地面に飛び散り今も溢れ出ている。楓は雄叫びを間近で聞いていたためか五月蝿そうに、それでいてどこか辛そうに顔を歪めていた。

「……貴方の弱点は“鎧”なんですよ。体は覆われていても、足の甲だけはそれがついていなかった。足を狙えと言われてるようなものです。それに足を動かすことが出来なければあの早さの動きは、不可能でしょう」

 楓は左手で強く柄を握り、長剣を引き抜く。その顔は俯いていて表情は分からなかったが、頬には何か光るものが見えた。楓が何歩か後ろへ下がった時、魔獣は四本の足の内の一本を失いバランスが崩れ、前のめりに倒れ込んだ。「ドスン」と辺りに音と震動が伝わっ行く。近くにいた楓はその一部始終を相変わらず俯いたまま見ていた。

「…………貴方は悪くないのに……ごめんね」

 楓の口から溢れ出るのは“謝罪”の言葉だけだった。そして怒りの矛先は魔獣を造った“魔術者”へと向けられた。楓はこの時気づいていたのだろうか……いや、気付いていなかったであろう…………“魔術者”が数メートル先にいた事に。