コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第二章 ただ誰も傷つけたくなくて (8) ( No.41 )
- 日時: 2011/04/29 21:13
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: rLJ4eDXw)
「あちゃぁ……殺られちゃったよ」
まだ倒壊していない建物の影から、青いジーンズを履き、派手な柄のTシャツに身を包んだ情けない少年の声が無惨にも響き渡る。楓がいる場所からは数十メートル離れ、建物が視角で見えない。おもむろに、先程とは違う黒い帽子を深めにかぶりカーキ色の短パン、こちらはシンプルな白いパーカーを着ているあくまで冷静な少年がぼそりと、口をあまり開かずに呟く。
「……だってあれ……“あの”神風楓だ。あれだけの魔獣じゃ倒せて当たり前だろ?」
語尾は疑問形だったが、ほとんど断定したようにも聞こえる口調だった。冷静な少し長めの明るい茶髪の少年はあたふたしている漆黒のツンツンな黒髪の少年に耳打ちをする。黒髪の少年は一瞬肩をビクリと震わしたが、大人しくその内容に耳を傾けていた。しかし、吐息がかかるらしく少しくすぐったそう肩に力を入れ、首をすくめている。
「あの魔力普段の10%のくせに……羽狗、お前まだ“いける”よな?」
茶髪の少年は呆れたように羽狗に語りかける。当の本人は「ちぇっ」と軽く舌打ちをする。自分にとって不都合なのか、唇を尖んがらせ頬を膨らませている。羽狗は従いたくないらしく、自分の肩に乗せられていた茶髪の少年の左手を右手で乱雑に払い落とす。
「そりゃそうだけどさぁ……魔力あんまし使いたくねぇんだよ」
依然頬を膨らせたまま、羽狗はぶつくさと文句を言っている。茶髪の少年は深くため息をつき、一瞬目を閉じる。そして次に開いた時の目は恐ろしい程鋭く、冷たくまるで凍っているようだった。羽狗はその“目”に気がつき、瞳の奥いっぱいまで瞳孔を開く。恐怖で身体が支配され、指一本を動かすことすらできない。
「……羽狗、出来るよな? お前は俺の騎士で…………それともあの時の約束破る?」
「ち、違う!! そういう訳じゃ…………」
さっきとはまた違うようにうろたえている。羽狗は目を少年とあわせようとせず、斜め右下の方に視線をおくっていた。視線の先には建物の影になっている場所に咲いている、小さな血のように赤い花があった。
「……分かったよ、大牙」
仕方なくそう言ったのか、納得のいかない表情をしていた。おそらく大牙は気づいたであろうが、目の端だけでその様子を留めておいた。相変わらず視線を花に向けている羽狗の目は、花よりは薄いが淡い聡明な紅色だった。しかし今は時折、その瞳に靄のような影が見え隠れする。まるで嫌な記憶を無理矢理忘れようとしている、そんな様子にもとらえる事が出来た。だが所詮それは絵空事で、羽狗にしか分からない事だった。もし分かる人がいたら……それは…………
「……でさぁ、俺が神風楓と戦うの? それとも魔獣に魔力を増幅させればいいの? どっちなわけ?」
羽狗は決心がついたのか、目を大牙の方に向けて口を開く。その様子に大牙はにこりともせず、こうなると分かっていたかの様に澄んだ鋭い視線を羽狗へとおくる。そしてようやく口の端をほんの少しだけ上げる。
「そうだな……まだあいつと関わるには早すぎる。魔獣に魔力をさっきの倍注入しろ」
羽狗は顎に手をあて、考えているようなそぶりを見せる。羽狗は顔を引き攣らせ、それは無理だと言葉が喉まで出かかったが不意に“記憶”が頭を過ぎり、飲み込んだ。……自分が大牙の“騎士”だからとか関係なくあの事が事実である限り、逆らえはしないのだから。
「あぁ……分かった。ここからの距離なら問題なく出来る」
羽狗は今までとは違う落ち着いた低い声のトーンに変わる。大牙は頷くだけだったが、その表情からは不気味な笑みが見られた。少年にしては大人過ぎる笑みだったのだ。
その大牙の変化に気付いたのか、羽狗は軽く鼻であしらい自分のするべき事を、実行に移そうとする。右腕を前に伸ばし、左手は右腕を強く握る。そして顔を俯かせ、瞳をゆっくりと閉じていく。
「陰の魔術……解放!!」
羽狗は凛々しい声を張り上げて空に響き渡るくらいに叫ぶ。そして叫び声と共に、羽狗の右手に黒い靄のような球体が浮かび上がる。最初は弱々しかったがそれは段々と確かな形へとなっていく。そして数十秒後には黒い靄は人の顔の大きさまでになっていた。羽狗はその様子に戸惑う事もなく、靄を見つめている。
「…………お前の持ち主の名において命令を下す。あの魔術に魔力を注入しろ」
静かな声で少し叫ぶと靄は砂のようにサラサラと崩れ落ち、羽狗の右腕に纏わり付く。大牙は口を開くこともなかったが心底退屈そうに、壁に背をもたれ掛けながらその様子を眺めていた。眠くなったのか、顔を俯かせうたた寝をしている。
「……注入するぞ、さっきの半分となると神風楓に命の保証は出来ないが良いんだな?」
顔だけを大牙の方に向けながら冷酷な表情で問う。おちゃらけた羽狗の裏には今の羽狗が存在していた。うたた寝していた大牙も流石に羽狗が“本気”だという事に気がつき、唇を緩く結び、わずかな隙間から声を発する。
「良いよ。あいつ殺しちゃっても」
大牙の何の躊躇もしないで言った言葉が、その場には無惨にも取り残されていた。羽狗はそんな大牙の言い方が何故か意外だったのか、少し驚いたようにしばらく目を丸くしていた。そして何かを言おうと口を開くがすぐに唇をきつく結び、目を細める。しかし、それも数秒で元の表情に戻る。
「んじゃ……いきますか」
楓が知らない内に破滅へのタイムリミットはじわじわと近付いていた。