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第二章 ただ誰も傷つけたくなくて (11) ( No.48 )
日時: 2011/05/14 16:32
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 9nQU0Vbj)



「陰の魔力を打ち消す事を我が主の名において許可する。打ち消し魔術ディナイ!!」

 由羅がごく穏やかな声で魔術を唱えると、魔獣の体内に入り込んでいた靄が出て来てまた竜の姿に戻る。しかし次の瞬間、靄が崩れまた別の形へと変わる。よろよろと今にも倒れそうな楓だったが、それを見ると怪我も忘れたかのように呆気にとられ口がわずかに開いていた。

「……天使ですか?」

 楓と由羅の目の前で大きな翼を持った女の子が微笑んでいたのだった。楓は由羅にした質問の返答をしばらく待っていたが、いくら待っても返ってこないため由羅に視線を向ける。しかし、由羅は女の子を目を見開いて見つめているだけだった。ようやく楓の視線に気づいたのか楓に顔だけを向ける。

「あの女の子……何者?」

 由羅はさっぱり分からないと言うように、左手の人差し指を女の子に向けながら楓に質問で返す。楓は由羅まで知らないと思っていたらしく、私も知りませんと、言おうとした時に誰かの声に遮られる。

「あの……私は由羅様の陽の魔術の仮の姿です。名前は凛音と言います」

 その声の主が女の子の物だと二人が気がついて、リアクションをとるには約二分程かかった。まぁこれが一般人としてはいたって普通なのかもしれないが……

「えっと……もう一度言って下さい。聞き間違えたと思うんで」

 由羅はともかくなんとか頭を整理しようとする思考回路までいった楓は、右手で頭を抑えながら凛音と名乗る女の子に聞く。凛音は深くため息をつき仁王立ちになると、先程言った事と全く同じ内容を呟く。

「だから私は由羅様の陽の魔術の仮姿の凛音です。このことは、何千回聞いても変わらない事実ですよ」

 凛音はきっぱりと事実とは思えない事を事実だと断言をする。しかし、仁王立ちをするにも楓と由羅よりは十センチ以上背が低く、可愛らしい顔立ちのためあまり迫力がない。着ている服も淡いミルク色のレースのついたワンピースのため、実際は十二、三歳なのだろうがもっと幼く見える。見る限り普通の可愛らしい女の子にしか見えない……羽が生えているのを除いてだが。

「マ、マスター!! こんな可愛い女の子いつの間に拉致したんですか!? 犯罪、犯罪ですよ。今なら間に合いますから一緒に警察署まで行きましょう」

 凛音の発言を聞いた楓は壊れたらしく、まだかろうじて壊れていない由羅の肩を掴みぐわんぐわんと揺する。パニクっている楓に言われるがままに、由羅の体は不安定に揺れる。楓のどこにこのエネルギーがあったのかは謎だった。やっと思考回路が直った由羅は、額をぴくりと震わせると息を思い切り吸い込む。

「勝手な事べらべら言うな!! まずそこの幼女、俺の魔術だとか意味分からない事言うな!! そして楓、俺が拉致する暇がいつあった!? 俺が興味のあるのは……!! へっ……ち、違う。何言ってるの俺?」

 由羅の思考は破壊されたものの、変なタイミングで直ぐに直ったらしい。自分の訳の分からないまま、言ってはいけなかった事も言ってしまったらしく顔を真っ赤に染めながら何故か俯く。楓と凛音はその説教をぽかんとした表情のまま聞いていた。それを聞き終わった楓はおかげさまで冷静になり、どっとため息を吐く。しかし痺れを切らした凛音は楓と由羅目掛けてお腹の底から叫ぶ。

「……由羅様も楓様も、もう少しこの状況を理解して下さい!! あの魔獣にかけられた陰の魔術を消すために私を呼んだのでしょう?」

 どこからその大きな声が出てくるのだと、楓と由羅は両耳を両手で抑えながら考えていた。しかし凛音に勝を入れられた事で、緊張感が蘇ったのか二人の瞳が真剣な面差しになる。それを瞬時に読み取った凛音は先程のような優しい笑みを見せる。三人の意志がしっかりしたところで凛音が呟く。

「では由羅様、行って参ります」

 凛音は表情を凛としたものに変えて羽ばたくと、一瞬だけ由羅と楓に顔だけを向けて頷く。そしてそれに応えるように由羅は神経を集中させ、右手に力を込める。対象的に楓は右手をグーにして突き出し、親指を上げる。

「凛音ちゃん、後はお願いします」
 その声を聞いた凛音は口元を緩ませ、魔獣の目の前に降り立つ。魔獣は戦えなくなっていたものの、地面に突っ伏しながら地の底のような唸り声を出している。しかし凛音は恐れることなく、一歩を踏み出す。
 その動作に反応したのか、魔獣が震えながらも立ち上がり口を小さくだが開き、凛音に噛み付こうとしていた。

「危ない!!」

 気がついた楓は声を張り上げて叫ぶが、凛音は慌てずに更に魔獣との距離を詰めていた。慌てている楓を由羅が落ち着かせるように声をかける。

「大丈夫だよ」

 短い言葉だったが、優しく落ち着き凛音を信頼しきっているその声色に楓はほっとすることが出来た。

「そなたの中にある醜悪に満ちた陰の魔力よ、希望に満ちた陽の魔力を注ぎ今消し去る!!」

 凛音が鈴のように綺麗な声を上げると、魔獣の頭に両手を置く。 その途端、魔獣の体から漆黒の闇のような靄が溢れ出す。そしてその靄ーー陰の魔力ーーが凛音の両手へとどんどん吸い込まれていく。しだいに吸い込まれる靄が少なくなると、魔獣の体を覆っていた鎧が消えだし虎本来の橙色の毛並みが浮かび上がる。しかし、それと同時に凛音の体が透き通り始めていた。由羅のほうは額に汗が滴り、苦しそうに魔術をコントロールしているため気がつかないが、ただ見ている事しかできない楓はいち早く気づく。

「凛音ちゃん!! 体が透けちゃってます!!」

 楓は悲鳴に近い声を上げながら、止めに入ろうと激痛の走る体を無理に動かそうとする。楓の言葉がかろうじて耳に入ってきた由羅は、左手で汗を拭うと視界がぼやけているため目を細める。そしてようやくその事に気がついたのか、少しだけ驚いたように凛音と目をあわせる。凛音は顔を苦しそうに歪めながらも何故か頷き、魔術を途切れる事がないようにまた魔獣に顔を向けていた。