コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第二章 ただ誰も傷つけたくなくて (12) ( No.49 )
- 日時: 2011/05/24 20:08
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 9nQU0Vbj)
「楓、凛音の元へ行くな!! お前も魔術の影響をうけるぞ」
由羅の妙に落ち着いた声を聞いた楓は、信じられないと言うように大きく頭を振る。その目には痛みからきた涙ではなく、悲しみの涙が少し浮かんでいた。
「マスター何言ってるんですか? 私は凛音ちゃんをさっき知ったばかりですが、たとえ凛音ちゃんが魔術で出来た姿だったとしても消えるのを黙って見てる訳には行きません」
強い口調っぷりからは揺るがない思いが込められていた。由羅は唇を軽く噛み、目をぎゅっと閉じて自分に向けられた罪の刃となる言葉を完全に打ち消そうとする。由羅が迷っている事で、魔術自体に影響が出始めたため凛音の体の至る所に切り傷が切り刻まれる。
「由羅様、私は大丈夫なんで魔力をもう少し送って下さい」
凛音は血が入り込んだ右目を閉じ、両手を魔獣に触れたまま真後ろにいる由羅目掛けて叫ぶ。由羅は苦い顔をしながらも分かったというように左手を上げ、右の拳をさらに強く握りしめ、力を入れようとする。そんな二人を見た楓はやるせない気持ちで泣き声と言葉を必至に抑えていた。ーー自分には何もできないと心の中で歎きながらーー
「楓様しばらくの間、由羅様をよろしくお願いします!!」
凛音は顔を楓の方に向け、大丈夫と言わんばかりに微笑む。
「消えないで凛音ちゃん、嫌だよ」
楓が我慢出来ずに凛音の元へ駆け寄り、自分へと手を振ったその左手を掴もうと走る。楓は凛音にたった今会ったばかりなのに、何故か“失いたくなかった。手放したくなかった”ーー無意識に溢れ出す右目からの涙は血の赤だったーー
楓の右手の指先が凛音の左手に触れるその瞬間、凛音は砂のようにサラサラと消えていった。楓にはスローモーションのように感じられていた。楓には自分の目がいつも以上に見開かれていくのが分かっていた。楓はぎこちない人形のように走るのをやめ、数歩だけ歩くと膝から崩れ落ちる。自分のズボンをくしゃくしゃと掴む。そして壊れたシャワーのコントロールがきかなくなったように、楓の瞳からは滴がポタポタと降っていた。
「紀咲、消えないで!! 私は貴方が……」
俯いていた顔を上げた楓は涙でぐしょぐしょなまま、天を見上げて叫ぶ。
由羅はそんな楓をやるせない思いで見つめていたが、“紀咲”と言う名が楓の間違いなのか、それとも何か裏があるのかと辛い心境を掻き消すように考えていた。
「楓、凛音は消えちゃったけど“死んでない”からまた会えるよ。魔獣も無事に元の虎に戻ったよ。手当もしたいし……帰ろう」
由羅には確信がなかったが凛音はまだ存在している気がした。
「…………はい、分かりました。マスターの言う事信じます。お腹減ったので、帰ったら私が腕によりをかけて美味しい物作りますからね。」
楓には由羅の声が通じたのか、目を数回しばたかせると綺麗な細長い指で目元を拭う。そして由羅の傷痕までも癒すように微笑むのだった。
「あぁーあ……予想外の展開になっちゃったね。まさかあいつに邪魔されるなんて思ってなかったなぁ。しかも俺とじゃ相性最悪だし。こりゃ少なからず影響でるね。」
一部始終を見ていた、いや……行っていた張本人は珍しく少しイライラとした表情で、独り言をもらしていた。そんな羽狗を宥めようともせず、大牙はきつい口当たりになる。
「そんなん分かりきってる。だけど“失敗”は出来ないだろ……特にお前はな。」
大牙は壁に背を持たれ、顔を少しだけ上げる。長めの前髪が表情を隠し、口元からしかうかがえない。かすかに見える二つの瞳が鈍い輝きを放つ。羽狗はつんと顔を楓と由羅の方からずらすと大牙と向き合う。
「国にとっては調査でも、俺にとって楓を調査をするんじゃない……過ちを繰り返させないためだ。所詮出来損ないの俺は“国の玩具”さ。いつ消されるのかとびくびくしながら生き続ける……ずっと」
心なしか羽狗は顔を歪め、諦めたように笑む。それを聞いた大牙はぴくりと眉を動かし、深いため息をつくと指輪のついた右手で髪をかきあげる。それは大牙にとってもはや戯れ事にしか聞こえないのであろう。
「あの時代の“トップスリー”と呼ばれた者の内一人は死んだ……あと二人の内の一人は目の前にいる楓。残る一人は……」
「楓ともう一人も俺と同じ道を歩むのか? きっと楓には耐えられないだろうな。出来た子が出来ない子になるのはそんなにいけない事なんかなぁ?」
いつもの性格からは考えなれないほど大牙の声は頼りがいがなく、消えてしまいそうだった。それにいち早く気がつき見ているのが辛くなったのか、羽狗は大牙が言いかけた言葉を打ち消す。
そして二人して顔を見合わせると、その視線を楓へと向けていた。
「……楓には俺と同じ道を歩ませやしない…………絶対に国に縛りつけさせない」