コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第三章 途切れない導きの連鎖 (1) ( No.53 )
- 日時: 2011/06/08 14:36
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: NH7CSp9S)
「……時雨? どうか致しましたか」
この時期特有の雨脚の中、凛とした少女の声が掻き消されそうになる。少女の顔は肩まで伸びた黒に近い紫色の髪で隠され、唇がきつく結ばれているのしか確認出来ない。 急な雨ではなかったが、少女と時雨と呼ばれた少年は傘を持っていなかったらしく趣のある店の屋根の下で雨宿りをしていた。もうかれこれ三十分近くこんな状況だ。少年のほうは既に青いTシャツとダメージジーンズは乾き、にわかに銀色の髪に滴が滴っているくらいだった。建物によっ掛かっていた時雨は壁から、とんと背を離す。うざったそうな前髪がふわりと揺れ、整った顔立ちが表れる。
「……そろそろ時間みたいだ。花月、何があっても“止めるなよ”」
時雨は何十秒も経った今、ようやく口を開く。声は少し低く、冷たさがあり一瞬ひんやりと感じるようだった。花月はその言葉に反応したのか、ピンク色の蝶の柄の着物の裾を揺らし、俯かせていた顔を瞬時に上げる。髪で隠されていた顔は薄い紫色の瞳が大きく、こぼれ落ちてしまいそうなくらい見開かれていた。その一連の変化を黙って見ていた時雨は花月のほうに顔を向ける。角度でさっき見えていなかった左目がようやく見えるようになるが、その瞳は白い眼帯で覆われていた。唯一見えているであろう右目に花月の瞳を写す。
「この目が疼いてるんだ。やっとだ……やっと“終わりに出来る”この手で終止符を打てる」
そう言った時雨の表情は言葉とは裏腹に、実に穏やかそうに見えた。しかし花月はその様子を見ると驚いたように目を丸くし、体が震えるほどの衝撃を受ける。花月は見たことがなかったのだ……時雨の穏やかな笑みを。いつも刺々しい雰囲気を放っているが、時々見せるクールな微笑み。そんな時雨がこんなふうに“笑う”なんてありえないのだ。間違いなく起こってほしくないと願っていた事が、確実に起こるという事実に変わっていった。
「……なんで時雨はそこまでこだわるのですか? 私も貴方の気持ちは分かりますが、今終わらせなければその方も…………時雨も無事ではなくなる。決着がついたとしても両者が不幸になることに間違いありません。お願いですからやめてください」
花月はすがるような声で時雨に近づき、着物の袖から少しはみ出た小さな手を時雨の手に絡ませようとする。手が触れたのを時雨は素早く反応して振り払う。時雨は花月の涙目から逃れるように目をさっとそらす。花月はその時雨の行為を見て何か諦めたのか手を裾に隠し、下ろした。
「後戻りは出来ない……いや、もうしたくない」
時雨は最後に「すまない」と言うと軒下から空を見上げる。いつの間にか雨は止み、空には雲で隠されていた太陽が現れ虹がかかっていた。花月は起こらない事をみずみずしく輝く虹に願わずにはいられなかった。これから起こる事のほんの序章でさえ恐ろしく、その光景をこの目に焼き付けたくないと体を強張らせながら目をぎゅっとつむる。
——……のせいで紀咲は死んだんだ!!——
——やめて!! それ以上何も言わないで…………ごめんなさい——
——謝ったところで紀咲は帰ってこないし、“傷”は消えないんだよ——
——本当にごめん——
——お前なんか“シンジャエ”——
「い、いや……いやあぁぁぁ!!」
花月は叫び声を上げながら顔を俯かせしゃがみ込む。花月にだけ見えた何かの断片。その光景、言葉は凄まじく冷静に見ている事なんてできなかった。“またあれだ”花月は少し保てていた平常心で今何が起こったのかを理解する。花月は全く同じ事を時雨と始めて逢った時も体験していた。これで二回目だとぺしゃんと地べたに座って、目を大きく見開く。
「花月どうかしたのか!? 何があった」
慌てているような口調通り、時雨の顔も心なしか焦って見える。口を開かない花月を目の前にし、時雨はいつもの整った顔立ちに戻る。
「やっぱり時雨はいつものその整った顔のほうが良いです。驚かせてごめんね、もう大丈夫だから。」
いつの間にか花月の顔は上がり時雨の顔を微笑みながら、大きくて優しさがじんわりと伝わってくる瞳で見つめていた。時雨はその様子に安心したのか目元を少し緩める。他人が見れば分からないだろうが花月には伝わったらしく、「はい」と短く言葉を返す。
花月は実際のところ、表情とは裏腹に心では整理が出来てない事がたくさんあった。見間違い、気のせい、偶然……そのどれかに当て嵌まるはずだと考える。でもそのどれにも当て嵌まらない。さっきの時雨の顔と断片的に見えた片方の人物の顔がリンクするのだ。左目は白い眼帯で今日と似たような服装。しかし断片的にみえな表情はこれまでに見たことがないくらい目は吊り上がり、恐さしか醸し出していなかった。黙っている花月をやはり心配そうに眉を寄せながら見つめる人物が同一人物だと思いたくないし、思えないのにそれが正しいと心の片隅では諦めている花月がいた。
それがこれから始まり、もう一人の重要になる者ともそのうち出会うのだった……何かの道標をたどり、導かれていくように。