コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第三章 途切れない導きの連鎖 (2) ( No.54 )
- 日時: 2011/06/09 16:36
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: NH7CSp9S)
「羽狗、そっちの状況はどうなってる?」
建物の影に隠れるようにしながらひそひそと小型マイクを通じて向こう側にいる相手に大牙は話しかける。
調査が終わった二人はこれから起こる事を事前に察知し、重要な人物を二手に別れて見張っていた。なんとしてでもこれから起こる事は阻止しなくてはならないのだ。もし失敗をしてしまえば間違いなく“両者共”国に縛り付けられ、永遠に国の犠牲になり続ける玩具にされてしまうだろう。それか“両者共”消えてしまうか……
「こちら羽狗〜こっちはまだ動きそうにないけど……てか俺、傘忘れてぐしょぐしょで気持ち悪い」
緊張感がまるで無いような、けだるそうな声が聞こえる。返ってきた言葉は大牙が予想していたのとだいぶ同じで、思わず笑ってしまいそうになる。大牙はあらかじめ安いビニール傘を買っていたのだが、羽狗は平気だと笑いながら言い買わなかったのだ。そして二手に別れた時に雨は降り出していた。
「あれだけ買えって言ったのに、けちって買わなかったお前が悪いんだよ」
「だってこれ国から出された調査外になっちゃうじゃん。俺ビンボーだから金無いの!!」
呆れたようにため息混じりに言う大牙の言葉を羽狗は直ぐに反論する。羽狗の言っていることは正しいが、大牙と羽狗は国家直結の仕事な為お金は十二分に貰っている。なので単刀直入言ってしまえば、羽狗のお金の使いようが荒すぎるのだ。
こんな和やかな雰囲気が漂っている中、大牙の小型マイクに誰かの足音らしきものが伝わる。瞬時にして大牙は顔色を引き締め、さっきとは打って変わりさらに小声にする。
「今の足音は“あいつら”のものか?」
「うん。だけど片方は早歩きで、もう一人のほうはその後を走りづらそうに追ってる。」
羽狗も場の状況に応じてか声色が変わる。いつものおどけた表情からは想像出来無いような変わりようだった。一人は“あいつ”だと分かったがもう一人とは…………主の事だと理解するのは時間がかからなかった。
大牙は羽狗に言葉は返さずに、今自分が見失ってはいけない者達をちらりと視界に入れる。その者達は家の中にいるため、大牙がいる電柱の裏からは見やすいほうだった。傘の下からそっと顔だけを出して覗いて見る。中では二人が椅子に座って楽しそうに会話をしていた。
「……俺達だけで本当に二人を守れるのか? 俺達が勝手にそうするだけで二人が望んでいなかったら……俺はもう何も壊したくない」
大牙の口からは自然とそんな言葉がこぼれ落ちる。羽狗のほうは分からなかったが大牙の目に映っている二人はとても“幸せ”そうだったのだから。大牙はこのまま自分達が何もしないほうが良いんじゃないかと思ってしまう。未来を予想することは出来ても予知をすることは出来ないのだから。
「大牙らしくないなぁ……大丈夫。俺達は二人を助けるんだから。それにもう起こるよ、あくまで嫌な勘のようなものだけど」
羽狗は目を少し細めながら、落ち着いた優しい声色になる。上辺では二人は全く接点のないように国が保管している資料には何も書いていなかったが、その“過ち”を隠すように国の上部の者しか知る事が許されていなかったのだ。そして大牙と羽狗もこの役職についた時に聞かされたのだった。国が危険人物として警戒している二人について……話した時の上部の者は大牙と羽狗を軽蔑的な目で見ていた。まるで自分達も注意しろと警告するかのように。
「だな。それが起こるまで後何日くらいかかるか、お前のあの勘のようなもので分かるか? お前のあれは良く当たるからな」
大牙は吹っ切れた様な声で“やるしかない”と自分に言い聞かせる。これから起こる事は国もある程度は予想しているが、そんなと言って良いのか分からないがそんな小さな事なのだ。人が何百人と消えてしまう訳ではなく、最高でも二人で事が済んでしまうからだ。今の日本はそんなものなのだ。と言うよりはどの国もこの時代は荒れ果てていた。しかし、やはり日本が一番酷いのだ。神もが手を尽くせない程に……
「……言いたくないけど“明日”月曜日の学校の放課後とか? 何度も言ってるけど、陰の魔術使って夢見ただけだからそれが必ずしも“正夢”になるとは限らないからな」
羽狗は若干言いづらそうに口を開き頭をぽりぽりと掻く。なかなか大牙の声が返ってこなく、いきなり過ぎたし当たり前だよなと羽狗は思う。
「俺の力が不安定でごめん。今は滅んだけど夢見の一族の巫だったら確実なんだけどなぁ」
ひしひしと冷たく流れる沈黙が嫌でつい関係のないことを言ってしまう。そんな事でも言ってないと羽狗自身、自分がもたないと分かっていたからだ。
「…………明日、か。思っていた日より早くて驚いただけだ……心配かけて悪かった。ありがとな」
大牙は柄にもなく屈託のない笑みを浮かべながらへらっとしたした口調になる。しかし羽狗は気づいていた。“焦り”“緊張”“驚き”“苦しさ”……“恐怖”それらが大牙の中でぐるぐると混ざり合い、大牙がその感情に押し潰されそうになっていることを。今回は顔が見えないが、こんな大牙を感じるのは羽狗にとって二回目だった。
——今回も自分のせいで大牙を……主を困らせてしまっている——
羽狗までもがやるせない気持ちになり小型マイクを切ろうと手に掛ける。
「羽狗? どうかしたのか? ……俺は大丈夫だから。もうお前の事恨んでない……むしろお前が消えてしまったらって思うと怖いんだ」
——何で大牙の周りの人って皆消えちゃうんだろうね? あたしはずっと一緒にいてあげるからね——
——大牙ごめんね。ばいばい——
「その話しはしないって約束だろ。 ……お願いだから思い出させないでくれ」
羽狗は苦しそうに口を開く。
「……今日は終わりにしよう。明日に備えるために帰るぞ」
内容が一気に遮断された。羽狗は無意識に流れでた額の汗を拭う。大牙の声はいつも通りに戻っていたのに、なぜか怖かった。“明日が来なければ良いのに”そんな願っても叶わない事を願ってしまう自分に羽狗はうっすらと気がついていた。
羽狗と大牙はそれぞれが見張っていた人物達からゆっくりと離れていった。気がつけば雨は止み紫陽花の葉の先から滴が滴り落ちていた。空を見上げれば血を零したような暁色に染まっていた。