コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第三章 途切れない導きの連鎖 (5) ( No.59 )
日時: 2011/07/16 20:22
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: NH7CSp9S)



ピピピピ、ピピピピと先ほどから楓の部屋では六時を知らせる目覚ましがこだましている。窓が少し開いているため、霧に包まれている外にまでその音はもれだしていた。それほどの大音量なのに楓は少しも起きようとせず、気持ち良さそうに寝返りをうつ。
 目覚まし時計は仕事を終えたのか針が六時五分を指し示すと、ぴたりと音を止める。楓は相変わらず寝息をたて、幸せそうな顔で寝ていた。

「……やっぱり起きないか」

 ため息混じりの大人びた声が由羅の部屋に響き渡る。六時ぴったし、目覚まし時計が仕事を始める前に起きてしまった由羅は目覚めが良いらしく、軽快にベッドから出ると小さな窓の前に立ち左右にカーテンを開く。外は霧がでていたが、天気は願っていた通りの晴れだった。由羅は少し目を眩しそうに細めながら、嬉しそうに唇が無意識の内に弧を描いていた。しかしそれも数秒の事でくるりとドアのほうに振り返ると、呆れたようにまた深々とため息をつく。最近の由羅にとって一番の悩みの種が、この日も満開に花咲かせていた。

「どうしたら良いんだ? ……土日は起きるのが遅くても問題ないけど、今日からは学校だよ。しかも入学式!! “絶対”に六時までに起きろってあれだけ言ったのに」

 由羅の戯れ事は誰の耳に届く訳でもなく、だんだん小さくなって消えていった。
 そうこうしている内に時計の針はもうすぐ六時十分を示そうとしていた。由羅は時計を見るなりはっとしたような表情になり、紺色で銀色のラインが入ったシックなパジャマ姿のままドアを開け、出ていく。向かった先はもちろん楓の部屋だった。楓の部屋のドアの前まで来ると、由羅は立ち止まる。そして軽く二回ノックをする。起きていれば反応するくらいの音の大きさだったが、中からの反応はなかった。

「楓、先に朝食の支度してるから早く起きてきてね」

 由羅は少し声を張り上げてそれだけ告げるとドアの前から立ち去り、階段をリズミカルに下りていった。
 一階についた由羅は少しまだ眠そうに手で目を擦ると、冷蔵庫の中から卵を二つ取り出す。由羅は少し宙を見て何か考えるように仰ぐ。そしてアイデアが思い付いたのか、何やら表情が嬉しそうに変わる。冷蔵庫の隣の棚に手を伸ばし、食パンを掴む。白い食器や豪勢なティーカップ、シルバーが入っている食器棚から底の深い白い食器を一枚取り出す。その中に迷うことなく卵を二つ割り入れる。手際よく混ぜると、今度は砂糖の入っているケースを取り出し手で摘み入れる。そしてまたもう一度掻き混ぜる。卵は黄金に輝いていた。

「楓気に入ってくれるかな?」

 さっきまでの由羅の声からは想像できない、しっとりと落ち着いた声が出る。その声はどこかトーンが高く、嬉しそうにしていることがはっきりと伝わってきた。顔の表情も穏やかで、見ている人全員を幸せにしそうだった。

「溶いた卵に食パンを浸して……っと」

 由羅は手を動かしだし、六枚切りの食パンを一斤袋から取り出して卵に両面を浸す。食パンの真っ白なキャンパスにじわじわと黄色い絵の具が塗られていく。
 二枚の卵に浸った食パンを用意すると、今度は乾かすためにフライパンに乗せる。乗せた瞬間にじゅわぁと乾いた音がでる。それと同時に砂糖の甘い香りがふわりと広がる。由羅の鼻をそんな香りが掠める。次第に食パンからじゅわぁという音がでなくなる。由羅はいち早くその事に気がつくと、フライパン返しを構え一気に食パンをひっくり返す。そしてまたじゅわぁと乾いた音がでる。今まで焼かれていた面は、ほのかに茶色い焦げをつけていて寄り一層食欲をそそる。

「完成!!」

 由羅のいつもより大きい、感極まった声が台所いっぱいに広がる。由羅は満足そうに白い皿に盛り付けられたフレンチトーストを眺めていた。白い皿に形良く盛られたフレンチトーストのわきには白くふわふわとした生クリームが添えられていた。そしてその生クリームの上には濃い綺麗な緑のハーブがちょこんと乗っていた。まだ作られたばかりのためか、白い湯気がもくもくとでている。

「寝坊してごめんなさい!!」

 がしゃんとリビングのドアが音をたてて開くのと同時に、楓の何とも言えない叫び声が部屋中に響き渡る。あまりに突然のことだったので由羅は前のめりに、フレンチトーストが置いてある机に倒れそうになる。しかし、上手くバランスをとり元の体制に戻る。

「朝起きたら“おはよう”でしょ?」

 由羅の呆れたような少し怒ったような声が楓の耳に入る。楓はぴしっと姿勢良く立ち、頭を深々と下げる。

「ごめんなさい。おはようございます、マスター」

 ぱっと頭を上げた楓の表情はとても明るく、希望に満ち溢れているようだった。由羅は「良く出来ました」と言い満足げに笑った。楓もにこりと微笑む。そんな穏やかな空気が流れ出す。
 楓は何かに気がついたのか「あっ」と声をあげる。その瞳はきらきらと輝いていていた。