コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第一章 過去からの逃れと二度目の出逢い (3) ( No.6 )
- 日時: 2011/03/08 22:21
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: Qouiw0Af)
楓は次第に落ち着きを取り戻し、辺りをゆっくりと見渡し始める。楓をとり囲む辺りは小さい池と大きな木、そして緑が豊かに多い茂っている。小鳥のさえずりが心地よく耳まで運ばれてくる。木と木の僅かな隙間から日差しがもれだし、楽園に居るんだと錯覚しそうな雰囲気さえ醸し出している。
「……空気も澄んでる。こんなにきれいな場所があったなんて知らなかった」
楓は目をゆっくりと閉じ、自分の胸にそっと手を置き空気をお腹の奥まで吸い込み、思いっきり吐き出す。口の中に広がるのは純粋な空気、頭に浮かぶのは青く澄み渡った空の味。そしてゆっくりと目を開き、表情が華やかになる。色鮮やかな景色を見渡せば、嫌な事も忘れられた。
しかし楓は何故かハッとしたような表情に変わり、また駈け出す。切羽詰まったような表情から汗が滴り落ちる。
「どうしよう。まずいよ、遅刻しちゃう。今日はマスターとの初対面なのに、印象が悪くなっちゃう」
楓が急いでいる理由は大事な出来事がある為だ。それは……騎士と主のパートナー組み合わせが分かる日。人生で一番大切な日と言っても過言ではないかもしれない。そのパートナーとは一生を共にし、騎士は主の安全を守る。
「後二十分で発表されちゃう。間に合うかな?」
楓はチラリと時計を観て、より一層早く走る。辺りは先ほどとは打って変わり、家がたくさん立ち並んでいた。茶色い色の屋根に白い煉瓦の外壁、オレンジ色の屋根に薄い黄色の塗装の外壁と他にも様々な家が建っていた。その他にも小さな飲食店やシンプルなデザインの雑貨屋、流行り物が取り入れられた服屋などが家の合間にたたずんでいた。早朝からこの辺りを駆け抜ける者は楓以外誰もいなかった。建物と建物の僅かな隙間でもスピードを落とさない。まるで建物が楓を避けている様だった。周りの景色から建物が消え、だんだんと道が開けてくる。
楓の視界に真っ先に入ったのは“あの”学校だった。辛く、思い出したくもない記憶が眠っているのとは対照的に沢山の大事な事を学んだ地でもある為、楓の心境は複雑だった。丘の様な場所に立ち、学校を見つめる楓の顔は眉が中央により険しかった。
「行かなきゃだよね。私はあの時に誓ったんだもんね……」
空を見上げ、表情を緩やかにしながらそこにいる“誰か”に語りかける。
楓は軽快に丘から学校へと続く急な下り坂をいとも簡単に降りて行く。音も立てずにスッと道に降り立つと沢山の人で溢れかえっていた。そこには楓の様に質素な服でいる者と“あの時”の楓の様にきっちりした服に身を包んでいる者かのどちらかだった。
そこに居る者たちは皆、主も騎士も関係なく笑顔で話していた。しかし、それも今日で終る……あの笑顔の仮面の下を覗いてみれば誰しもが同じように涙でいっぱいのはずだった。なぜ人はより一層辛くなると知っていながらも少しでも長く、共に居ることを選んでしまうのだろうか。
「私は悲しくはありません……でも、寂しいです。逢いたいです、お父様。私の居場所はいつになったら見つかるのですか?」
楓の周りの者たちは次々と楓を追い越していく。もちろん誰も楓と並ぼうとしない。しかし数人の者たちは楓を観て驚いたように瞳を奥まで見開き、はしゃぎながらひそひそと話しだす。
「ねぇねぇ……あの方ってもしかして神風楓様? 右目の眼帯、肩に掛けてる長剣。間違いないよ、生で始めてみたけどカッコいい」
騎士と思わしき服を着た少女が隣の子に小声で話しかける。楓はチラリとその様子を目で追う。
「……本当だ!! 私も初めて見た。どうせならあの子に騎士やってもらいたいな」
内容からして主だろうか。憧れと期待の眼差しで楓を見つめながら騎士の少女に応える。
「えぇっ……酷いなぁ。私が『 』の騎士やるって約束したのに」
主の少女の発言に不満を持ったらしく、少し頬を膨らませながら拗ねた様な声でまた問う。楓の耳には何故か少女の名前だけが途切れて耳に運ばれていた。
「冗談だよ……私の騎士はきっと『 』だよ。そんな真に受けないでよ、可愛いなぁ」
二人の少女は笑いながら楓の横をあっさりと通り過ぎて追い越して行った。その会話を聴いた楓は二人の後ろ姿を哀れむような、それでいて寂しそうな目で見つめていた。