コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第三章 途切れない導きの連鎖 (6) ( No.60 )
- 日時: 2011/07/18 20:22
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: NH7CSp9S)
「マスターこの机に置いてあるすっごく美味しそうな物は何ですかっ?」
楓は視線を机の上に向けたまま、明るくはねた声で由羅に聞く。由羅はほっと胸を撫で下ろしていた。楓の反応が予想以上で安心したようだった。
「これは“フレンチトースト”って言って、食パンを溶き卵に浸して焼いた物だよ」
由羅は少しだけ得意げに楓に説明する。流石に楓も由羅が話している間は、輝いた視線を由羅に向けていた。由羅が話し終わると楓は寄り一層感激したように声をあげる。
「本当美味しそうですね!! あの……食べても良いんですか?」
楓は少し目線をうろたえさせ、しどろもどろしたように由羅に声をかける。由羅はそんな、普段見なれない楓の姿が可笑しかったのか吹き出す。楓はきょとんとして見つめていたが、由羅が数十秒笑い続けていると次第に頬を真っ赤に染めていた。由羅の笑いが少しずつおさまってくるのと同時に、楓は顔を俯かせる。由羅は目に溜まった涙を指で拭うと、やっと楓に視線を向け様子のおかしさに気がついたのか、ヤバいと少し顔を引き攣らせる。
「ご、ごめん…………温かいほうが美味しいから食べよう。ココアもこれからいれるから」
あわてふためく由羅は楓を泣かせないようにと、若干の距離を置きながらご機嫌をとるように優しく話し掛ける。そんな魂胆が見え見えの由羅の言葉に反応したのか、楓は由羅を見上げる。しかしその目はほんのりと赤く充血して見える。上目遣いで見られた由羅はじとっと一歩下がる。楓の口がうっすらと開くのと同時に、由羅の心拍数は一気に高まる。
「……ココアいれてくれるって本当ですか!! 私大好きなんです。学校遅れちゃいますし早く食べましょう」
楓はさっきの倍以上瞳を輝かせ、皿をリビングのテーブルへと運び始める。由羅は予想外過ぎるシナリオだったのか、拍子抜けしたように呆然としていた。楓は笑顔で「美味しそう」と言いながら椅子に座りかける。しかし由羅の様子に気づいたのかフレンチトーストにロックされていた瞳が由羅のほうに向く。その表情は一言で表すなら“幸せ”という言葉が一番似合っているであろう。
「マスター、ココアいれてくれるんじゃないんですかー? フレンチトースト冷めちゃいますよ」
楓が少し不服そうに少し赤い頬を膨らましながら、それが主に対しての態度かと思わずツッコミたくなるような態度でぶつくさと文句を言う。由羅の耳に楓の攻め立てる声が聞こえたのか目をぱちくりとさせながら楓に視線をやる。楓はすでにナイフとフォークまで手に持ち構え、準備万端の状況で由羅をじぃっと見つめている。
「あ……うん。これからお湯沸かすから少し待ってて」
由羅は足をキッチンの方へと運び、楓を横目に写す。楓はその言葉にこくり満面の笑みで頷き、椅子に座りながら嬉しそうに足を揺すっていた。由羅はそんな幼い楓を温かい笑顔で見つめていた。
外では近所の子供達が学校へ行く途中らしく、騒がし声が聞こえてくる。そんなどこにでもある朝の平和な光景を“彼女”はいつから願い、望んでいたのだろう。そして彼女は忘れかけていた……時間が無いことに。この平和が音もなく崩れだしている事実に。
——自分が憎くて仕方がない“親友”に再会したら、跡形もなく散るということに——