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第三章 途切れない導きの連鎖 (7) ( No.65 )
日時: 2011/07/27 21:19
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)



「はぁ。なんとか間に合ったな」

 そんな言葉と同時に由羅は額から頬に滑り落ちてきた汗を拭う。軽く息切れをしていたが、それも直ぐに整っていた。余裕ができ、辺りを見渡せばどこもかしこも人だらけだった……自分を見失いそうになるくらいに。由羅が今いるこの場は高等部、豪勢で高だかと天に向かってそびえ立っている塔が何と言っても目をひく。由羅はそんな塔の切っ先を見るかのように顔を上げ、目を細める。そして少し眩しいのか右手をかざす。

「マ、マスター……わた、私達はA組……みたいです」

 由羅の後ろからとぎれとぎれの楓の少し大きな声と軽やかな足音が次第に近づいて来る。由羅がくるっと振り返るのと同時に楓は由羅の目の前に立っていた。その額にはじんわりと汗が浮かんでいる。由羅と目があうと、少しだけ微笑み「案内します」と由羅の前に立ち塔へと向かって歩いて行った。 楓は歩きながらこのあとの日程を由羅に話し出していた。

「今日の日程ですが、教室に行ったらそのあと中庭へ行き、いわゆる“入学式”らしきものをやるみたいです。そのあとはまた教室へ戻り、先生から色々と話しがあったり重要なものが配られたりするらしいです。以上が今日の日程になります。」

 楓は話し終えるとぴたりと足をとめる。ついに塔の前まで来ていたのだった。楓もここまでの近さで見るのは初めてなのか、目を見開き丸くさせている。由羅も実物大で見るのは初めてで、ぼんやりとしながらも瞳に写していた。楓はちらりと由羅に目をやると、少し困ったように微笑む。

「近くで見ると凄い迫力がありますよね。では中に入りましょう」

 楓はすっと由羅の横を通り過ぎ、塔の中へと歩いて行ってしまう。由羅は楓の後ろ姿が見えると我に帰り、小さくなった楓の後を駆け足で追って行った。
 中へ一歩足を踏み入れると外見からは予想できないくらい、内装が凄い事になっていた。天井を見れば宝石をモチーフにしたような、綺麗で大きなシャンデリアががっちりとついている。下を見ればぶ厚いレッドカーペットが床を覆いつくしていた。壁紙は白を基調とし、銀色の模様が所々にはいっていた。もうすでに人が何人かいて各教室、一〜三年の三つ、そしてA〜F組の六つにまた別れていた。

「私達は一年A組なので、三階の一番端っこです。」

 楓はそう言うと三年生達の中へと潜り込み、抜け出した先への階段を上りはじめた。由羅も数秒遅れて楓の後を追うように、人で溢れかえってる中にそっと入って行った。
 楓に追い付いた由羅は相変わらず後を追うようにして歩く。楓を見上げると目に入るのが“長剣”だった。肩から下げ背中にぴったりと大事そうに持っているそれが、由羅には気掛かりで仕方がなかった。もうこれ以上楓を傷付けたくないと思っているのと同時に、なんともいえないもやもやが渦巻いていた。しかし高等部の校則により騎士は主を守るための“武器”をここにいる間はいつ何時も、肌身離さず持っていなければならないのだ。そして何より由羅は今日“嫌な予感”がしてならないのだった。色々と考えぼんやりしていると歩みとゆっくりとなり、次第に止まる。二階から三階へと上って行く途中の踊り場で、ようやく由羅の足音が聞こえなくなった事に気がついた楓は振り返る。二階で二年生と肩がぶつかり、二年生は嫌悪感をあらわにさせながらすれ違って行く中、由羅は一歩を動かず頭を下げることもなかった。いつもしっかりしている由羅からは想像出来ず、楓は少し声をかけるのを躊躇いそうになる。しかし楓はこのままでは先輩達に迷惑がかかってしまうと思い、小走りで二階まで下りる。

「マスター何やってるんですか!! 先輩方の邪魔になってますって」

 楓は小さい声で口調を早めながら、由羅のシャツの裾を掴む。由羅は少しはっとしたような表情をし、シャツを引っ張ってる張本人をまじまじと見つめる。楓は体をびくりと少し揺らしながら俯く。

「ごめんな。行こう」

 俯いた楓に声をかけ、シャツを引っ張っていた手を離そうとする。しかし楓の手は先ほどよりも強く、そして何故か震えていた。由羅は疑問に思い、俯いた楓の顔を見ようとしゃがみ込む。見えたのは恐怖に脅えた楓の顔だった。頬には冷たい汗が流れ、目をぎゅっと閉じている。由羅が声をかけようとするのと同時に一つのペアがすれ違って行く。

「私達はB組のようですね」

「早く行くぞ」

 そんな会話が楓と由羅の耳に届く。そして由羅がもう一度楓に声をかけようと、楓の方へと視線を戻す。

「いつか会うって分かってたけど早過ぎだよ……もうちょっとゆめ見せてくれたって良いじゃん“時雨”。」

 楓は笑いながら、動揺を隠しきれないのか言葉を吐き捨てる。そんな楓を驚いたように見つめながらも“何か起きてほしくない事”がこれから起きるのだと、冷静に考えられる自分を由羅は憎らしく思っていた。

——救ってもらったのに自分には救う事が出来ない——

 そんな事を嘆いていた。