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第三章 途切れない導きの連鎖 (8) ( No.68 )
日時: 2011/08/05 11:25
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)



時雨と花月はそのあと言葉を交わすことなく、教室にたどり着く。中へ入ってみるともうすでに何人か人がいて、次々と教室から出ていく。三十個近く並べられた机と椅子を見つめていた花月は、タイミング良く人がいなくなったのに気がつくと思い切って時雨に聞きたかった、否、確認したかった事を聞く。

「時雨……あの方がもしかして…………その」

「そうだ。花月……夢を見たんだから、分かるだろう?」

 花月がしゃべり終わるのを待たずとして、時雨が横から嘲笑うかのように口を挟む。花月は表情をかたくして、顔をそらす。そんなことはお構い無しに、自分の事だけで精一杯の時雨は花月に目もくれることなく不適な笑みをこぼしていた。そんな時雨の横顔を花月は何とも言えないような、辛そうな顔で見つめていた。花月にはもはや祈る事しか出来ないのだ……絶対に起こる事を“絶対に起こらない”ようにと。

「時雨、私達も移動しましょう。遅れてしまいます」

 花月は教室にある前と後ろのドアのうちの後ろのドアに立ち、着物の裾からでた手を振る。窓辺で風に揺れるカーテンを見ていた時雨はゆっくりとドアの方を向く。それこそ表情は少したりとも変わってないが、思わず退いてしまうような圧倒的なオーラが時雨を包み込んでいた。

——あのね、あたし……時雨の事が好きなの。返事はまた今度でいいから——

 この言葉を思い出す度に後悔の念が絶えなかった。何であの時……あの手を止められなかった?
 自分でも分かっている……それでも“あいつ”のした過ちにしてしまいたかったのだ。

——ジブンガ、スキナヒトヲアヤメタナンテ……ミトメタクナカッタ——

「時雨? 大丈夫ですか? 体調が悪いなら休んでても……」

 すぐ傍まで花月は近づいており、心配そんな顔で見上げ時雨の肩に指先が触れる。

「俺に触るな!!」

 激しい怒声を荒げ、時雨は肩に置かれた花月の白くて小さなしなやかな手を払いのける。花月は手を払いのけられたのよりも、その瞬間の時雨の表情を驚いたように焦点の定まらない目を見開いていた。時雨は、はっとしたような顔付きになり花月をまじまじと見つめる。好きだった人と花月の姿がリンクする。

——……を宜しく、ね。結局……時雨の、答え聞け、なかっ、た。大好きだよ——

 過去の記憶と今この瞬間が一致する。忘れたはずだった記憶は蘇り、時雨を蝕みだす。それは時雨を苦しめている一番の理由だった。自分も大好きだと伝える前に彼女は時雨の目の前から砂のようにさらさらと跡形も無くなった。時雨の頭に激痛がはしり、眼帯をしている左目を抑えこむ。そして洗い息を整え、自分自身を落ち着かせるように右目を軽く閉じる。花月は時雨のおでこに触れようと手を伸ばすが直ぐに引っ込める。自分の役に立たない“不幸をばらまく”能力に怒りと恐さを抱いていた。

「花月すまん。行くか」

 時雨は顔を花月に向ける事なくいつもより低く、震えた声だったのを花月は素早く気づく。知りたかったがこれ以上は干渉の範囲をこえると思い、探索しようとはしなかった。


「楓どうしたんだよ!? 平気か?」

 動揺を隠しきれない楓は顔を俯かせ、ふらふらとしながらも立ち上がりなんとか自力で教室へと着いたところだった。しかし由羅が後から声をかけるのと同時に膝から崩れ落ちる。それを見た由羅は瞳孔を見開き、素早く楓を支えゆっくりと床へ座らせる。すでに教室にいた者達は不思議そうに二人を見ていたが、そのうちの騎士らしき一人の少年が隣の主に耳打ちする。

「マスター“あれ”がこの間話したトップスリーのうちの一人です。そして過去にあるまじき過ちを犯した片割れ」

 周りにいた者達にも少なからず聞こえてしまったようで、ひそひそと気まずそうに教室をあとにする。そして先程喋っていた騎士とすれ違うタイミングで、ぼそりと「早く自分の罪を償え」と楓へと向けられた言葉が由羅にも届いていた。腕に鈍い痛みを感じはっとし、楓へと視線を向ける。左手で顔を覆い肩を大きく上下させている。楓の顔の下を見てみると涙が小さな水溜まりを作り、そこにとめどなく今も注がれていた。由羅は顔を歪め、歯に力をこめる。

「楓の過去に何があったのか俺はまだよく分からない。だからでしゃばった事言えないけど……そこまで気にするな。間違いなくお前は俺よりもはるかに強いから。でも……強さに押し潰されるな」

 由羅は自分の右腕を掴んだ楓の右手に自分の左手を重ねる。それも数秒の事で、楓の手をそっと離すと立ち上がり手を差し延べる。
「今度は自分で掴め。自分から誰かを頼れ」

 由羅の言葉に反応した楓は真っ赤に充血した目で由羅の笑顔を見つめる。まだ乗り越える事が出来ないのは分かっていたが、由羅の言葉を胸に楓は左手を突き出し、由羅の左手へと捕まる。

「ありがとうございます。けじめをつける覚悟ができました」

 楓の目には力強い灯が宿っていた。