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第三章 途切れない導きの連鎖 (10) ( No.70 )
日時: 2011/08/24 20:24
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)



銀色の髪に長い前髪から覗く切れ長な目、冷静沈着な声色。三年前と唯一違うのは左目を覆い隠す眼帯だけだった。

「時雨……なんだよね。」

 楓は何処か吹っ切れたように、時雨に話し掛ける。時雨は頷きもせず、口を開こうともしない。由羅は状況を理解できず、不信気に眉をひそめる。
 するとなんの前触れもなく、時雨は左右の腰に携えていた短剣を抜き、楓を突き刺そう駆け寄る。しかし楓はいち早く気づくと長剣を背中の鞘から引き抜き、うまく止める。そして薙ぎ払うように一降りする。時雨は飛びのき、剣を降ろす。

「まだ此処にはたくさんの人がいるのが分からないの!! ……決着は今日の放課後此処でつけるのでも良いでしょ?」

 まだ少し残っていた者達は驚きながら、ざわざわと騒ぎ出す。誰かが伝えたのか、先生が数人やって来て止めに入ろうとする。しかし楓と由羅の顔を見ると、見てはいけなかった物を見てしまったという顔色になる。そして生徒達には関わるなとそれだけ言い残して立ち去ってしまった。
 楓が時雨を見る左目はきつく、いつもの口調と違うのが由羅の不安感を募らせる。そして時雨の後ろに和装姿の少女がいることに気づく。

「えっと……一つ俺から聞きたいんだけど時雨の後ろにいるのが君の主?」

 時雨は由羅を一瞬見る。その目は冷たく氷を思わせるようで背中がゾクリとする。由羅は絶対聞くタイミングじゃなかったと後悔の念を募らせながら、長い沈黙を我慢する。それでもこの状況をなんとかしたかった。
 時雨の口角がわずかに上がり、鼻で笑った事に楓は気づく。

「そうだ。良いだろう、今日の放課後此処で待ってる。」

 剣を腰についている鞘に戻す。時雨は楓達に背を向けると歩きだす。少女も慌てたように深々とお辞儀をすると後を追うようにその場から立ち去った。

 広い中庭に楓と由羅の二人だけが取り残される。由羅は楓の後ろ姿があまりにもか細く、震えてるように見えた。どんな言葉をかけたら良いのか分からず、その場から立ち去ろうと一歩踏み出す。それと同時に後ろから走ってくる足音が聞こえる。

「置いていかないで下さい。今だけは私を一人にしないで……これからは強くなりますから」

 声色が震え、頼りなく感じる。振り返ってみれば楓の手も、足も、身体も、全てが恐怖に脅えるように震えていた。しかし由羅には“頑張って耐えろ”としか励ます事は出来ない。だって楓は自分自身で決着をつけると、“逃げない”と言ったのだから。邪魔などしたくなかった。

「入学早々先生に怒られるのは勘弁だ。戻ろう」

 由羅は此処に入ってきた時の出入口へと向け、足を動かしていた。
 楓は自分の拳にぎゅっと力を入れる。彼女が怖がっている理由は時雨と決着をつける事ではなかった。“あの事”がばれてしまうのが嫌なのだ。騎士の者たちは大抵が知っているが、主の者たちは知らないであろう葬られた三年前の出来事……それは楓の右目の眼帯の理由にも繋がっていた。

——怖い。知られたくない。知ったらきっとマスターも変わってしまう——

時雨が何を考えているのか分からない楓にとっては嫌な予感しかしなかった。


 ロングホームルームも終わり、生徒たちは疲れたように椅子から立ち上がる。先生がいなくなった教室では早速、交友関係をつくろうとしている者たちがいた。
 由羅は元からそういった事に積極的ではないため廊下側の席からは遠い窓側を見ていた。隣の席に目をやると額から汗を一滴垂らし、顔を強張らしている楓が目に入る。そしてそんな楓をじろじろと見ている、否、睨んでいるような騎士の者たちの会話に耳をかたむける。聞こえてくるのは陰口ばかりだった。呆れたように思わずため息をつく。

「楓、そろそろ行かないとあの短気さん怒るんじゃない?」

「ですね。では行ってきます」

 楓は立ち上がると由羅に一礼してから教室から駆け足で立ち去った。由羅はその後ろ姿を見送ると、帰ろうと立ち上がる。
 しかし聞き捨てならない言葉を耳にする。

「眼帯の下“あの”印が刻んであるらしいよ」

「馬鹿、その話しは禁止されてるだろ」

 右目が眼帯の理由は楓から怪我だと聞いた。しかし、印が刻まれているという噂のような真実。由羅はしばらくそこで立ち尽くしていた。