コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第一章 過去からの逃れと二度目の出逢い (4) ( No.8 )
日時: 2011/03/22 10:28
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5Zruy792)



楓は周りの者たちが小走りに走りだすのには全く見向きもせず、一人遅れてゆっくりと歩いて行く。バタバタとうるさいほど、沢山の足音が地面を蹴って響いていた。楓は若干呆れ気味でその光景を耳で感じていた。

「急いでも結果は変わらないのに…………私に大切な人が居たら少しは違ったのかな?」

 独り言の様にボソッと言葉を漏らす。その言葉はあっさりと足音にかき消されてしまった。ぼんやりと歩いていた楓もようやく、茶色と白を主に基調とした豪勢で大きな建物“学園”が目に入る。この学園は七歳から十四歳までが“中等部”で過ごし、十五歳から十八歳までが“高等部”で過ごすようになっている。そして中等部は主と騎士が別々に過ごすため、ここの学園は三つの棟がそびえるように立っていた。

「あたしの主は『  』様かぁ……どんな人なんだろう」

「うちの騎士は『  』だってぇ。カッコいい人だと良いなぁ」

 楓の耳には掲示板を観たらしき人達の会話が風に乗って耳へと運ばれてくる。

「あの子たちも所詮、友達ごっこは今日まで……この国は誰に対しても優しくない」

 楓は伏せていた瞳をゆっくりと上げ仲良さそうにしている、全ての主と騎士を揺らぐ瞳にくっきりと写す。楓には見えていたのかもしれない。その者たちはやがて、お互いを激しく睨みつけながら軽蔑する瞳で主は騎士に躊躇なく命令をくだし、騎士は迷いもせず主の命令を忠実に守る……そんな傷つけ合う姿を。……しかし、実際はその“嘘”の仮面の下には苦しみ、泣き叫ぶ“真実”表情がある事も楓には分かっていた。

「私の主は誰だろう? 私も……私もその方の命令でここに居る誰かを躊躇いも無く傷つけてしまうのかな」

 少し涙ぐんだその声はその場所いつまでも残り、響き渡っていた。しかし、楓は歩みを止めず迷わずに人がごった返している大きな掲示板へ向かっていく。楓はこの場所に来るとあの時の記憶がじわじわと蘇る……幼かった楓が背負わされてしまった過酷な運命は、全てここから始まったのだから。楓は掲示板のど真ん中へ来るとまた過去にゆっくりと引きずり込まれていった。


——


「何で!? 何で楓の番号ないの!! お母様はここに来れば絶対にあるって言ったのに」

 小さい声で泣く楓を周りの子供達はきょとんとした顔で見つめながらも、自分の行くべき場所へと向かって行ってしまう。次第に一人、二人とと人はいなくなり残されたのは楓だけになってしまった。

「皆、皆いなくなっちゃったよぉ……楓どうしたらいいか分からないよ。助けて……」

 か細い声で楓は救いを求める。いつしか地べたにしゃがみ込んでしまっていた。地面にはポタポタト滴が降り、しばらく経つと乾く……それを繰り返していた。

「……君も番号が無いの?」

 楓の頭の上に振ってきたのは優しさを帯び、少し大人びた声だった。繊細な藍色の瞳で楓の泣き顔を写す。

「うん、ないの……私は神風楓って言うんだけど貴方は?」

 楓は泣いている姿を観られるのが恥ずかしかったのか、目をこすり少しだけ目を赤くしながら微笑み、優しそうな少年に問う。

「僕もだから安心して。それとぼくの名前は『    』って言うんだ。さぁ、立ちあがって一緒に探そう。」

 少年は少し腰を屈め、淡い青色のTシャツから出たスラットした白い腕を差し出す。少年のサラサラなブラウンの髪が少し動くたびになびいていた。楓は頬を赤く染めながら、少し戸惑い恥ずかしがりながらも少年の手に自分の手を重ねた。

「ありがとう『  』君……」

 楓は立ちあがり少年と共に満面の笑みを広げ、手をギュッと握りしめたままゆっくりと歩きだすのだった。二つの影は何故か心強く、もう一度見れる気がした。


——