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Re: †he legend of story【カキコの書き手登場】 ( No.52 )
日時: 2011/04/01 21:41
名前: 凡(ぼん) (ID: CbmxSfx3)

Ep8



チッ…チッ…チッ……———ゴーン、ゴーン。


「あぁ、もうこんな時間か。…月読嬢、月光館を少々借りたいんだが、いいか?」

グリモア城内、待合室にて。山下愁が部屋に置いてある古時計を見て、月読に話しかける。あれからしばらくして落ち着きを取り戻した月読はティーセットを片付けていたところだった。月読は小さくため息をつき、それから愁に向かって言う。

「例の作戦、本当に実行しますの?人間なんか、月読たちが手を下さずとも勝手に死んでいくでしょうに…」

愁は腕を組んだまま苦笑し、顔を下に向けた。そしてさぞかし面倒くさそうにぼやく。

「まぁな、一応…念のためって奴だ。それに、こういう時に働いとかねぇと後から魔王がウルセーんだよ。『城に滞在するからにはそれなりの仕事をしてもらう』ってのがあいつの言い分らしい。…まったく、面倒くせぇこった」

愁はそう呟くと、月読と共にティーセットを片付けているゆんの方に顔を向ける。それから自分の腰に付けた懐中時計をはずし、おおきく振りかぶって彼に投げつけた。空中で弧を描くように落ちるそれが、ゆんの後頭部にクリーンヒットする。まもなく「いってーー!!」と叫ぶゆんの声が部屋中に反響した。
ゆんはガバッと振り返り、後頭部をさすりながら涙目で愁に叫ぶ。

「ちょ、隊長!俺を呼ぶならもっとフツーに呼んでくださいよ!痛たたたた……これマジ投げじゃねっすか!!頭割れるかと思いましたよ!」

ゆんが愁の方に歩み寄ってそう言うと、愁はいたってつまらなそうに。

「けっ、つまんねーの。お前もっと面白いリアクションしろよ」

とゆんから視線をはずして溜め息を吐く。ゆんは「はぁ!?」と言い返すが、それを余所にして愁はひとり扉の方に歩んでいく。ゆんはそれを追いかける形で愁の後についていった。愁がドアノブに手をかけたその時。

「…待ちなさい、山下愁。行くのなら月読も連れて行きなさい」

月読の高い声が響いた。ぴたりと愁は立ち止り、振り返る。ゆんも少し驚いたようにして彼女を見つめた。月読は片付け終わったティーカップをひとつ手に取ると、二人に微笑みかける。

「———…月読は今、不快な気分なんですの。あの死神がやってきたことも原因ですけれど…第一に、なにもかも『つまらない』んですのよ。貴方も、先程そう言いましたわよね?月読だってそう。長い月日を生きてきた魔族にとっての変わらない楽しみ——…月読にもおすそ分けしていただきたくなりましたの」

月読はそう言うと、手に持っていたティーカップを地面に落とす。それは垂直に地面に引き寄せられ、パリンッ——と甲高い破壊音が鳴った。ところどころに欠けて使いものにならなくなった陶器。月読は笑って、静かに言った。

「…人間を壊すのは、いつになっても止められませんわ。こうしてバラバラになった肢体から溢れる紅い雫を一滴残らず舐めとることも。…はしたない行為だと思うでしょう?けれど、月読にとってはそれが唯一の娯楽。——…退屈しのぎ、とまではいきませんけれど。『食事』のためなら、協力してあげても構いませんわよ。…どうかしら?」

好戦的な瞳。上遣いの目で見る月読に、愁は頭をぽりぽりと掻いて。

「おぉ、そりゃあ助かるな。…ま、よろしく頼むわ、月読嬢。戦力が増えるに越したことはねえ」

無関心そうに答える愁。一方ゆんは「よろしくおねがいしまっす!月読のお嬢っ!!」と言いながら深く腰を下げてお辞儀をした。月読はふっと笑って歩を進める。愁は扉を開いたまま、月読のために廊下で待ち、片手を腰にあてる。いかにもお嬢様に対する執事のような仕草だった。


バタン————……


静かに閉ざされた扉。
三人が出て行った部屋に、紗夢羅は一人ソファに寝っ転がっていた。鼻唄を口ずさみながら、笑みを浮かばせる。手に持っているのは、水晶玉。そこには友桃、萌恵、そるとくりーむの姿が映っている。紗夢羅はそれを両腕で抱きしめるように持ち、楽しそうに呟いた。

「あーあ、月読ちゃんも行っちゃったぁ。…でも、これからが本当の物語の始まりだね。さぁ、君たちはどう立ち向かうのかなぁ?…——抗えない運命に♪」

ふふふっと笑う紗夢羅はおもむろに立ちあがる。水晶玉を部屋の真ん中に置いて戻し、歩いていく。向かうのは、この部屋に唯一のステンドグラスで飾られた大窓。彼女は背伸びをしてその窓を開け放つ。その瞬間に夜風がふわりと部屋に入り込んでいった。紗夢羅は目を瞑ってその風を気持ちよさそうに一身に受ける。

そしてもういちど目を開いた時…———

——--------バサリッ——----------

彼女の背に漆黒の双翼が現れる。まるで蝶が羽を大きく広げるように、風になびかせながら何度かはばたいた。すると…彼女の足がゆっくりと地面から離れて行く。完全につま先が空に浮いたところで、紗夢羅の瞳がオーラを放つ。
それは一瞬ことであった。窓から羽ばたいた彼女が、夜空の下に舞飛ぶ。月の光が彼女のシルエットを映しだした。それはまぎれもなく異形の姿。
紗夢羅は目を細め、歌うように呟く。

「私もそろそろおっしごとおっしごと、たっのしいたっのしい人間観察♪……——ちゃんと見ていてくださいね、魔王様ぁ…?」

彼女はグリモア城の最上の塔を見つめ、歌う。
漆黒の羽根がひらひらと舞い落ちていった。