コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: †he legend of story【カキコの書き手登場】 ( No.61 )
- 日時: 2011/04/03 04:03
- 名前: 凡(ぼん) (ID: CbmxSfx3)
Ep10
大きく身体を逸らせ、『ブラック・ラビット』を振りかざす。
トロールは片腕を顔の前にかかげて、黒兎の攻撃を防いだ。漆黒の剣はトロールの皮膚にめり込んでいるが、惜しくも突き刺すことができない。
頑丈な肌だ。黒兎は「チッ」と舌打ちをして、『ブラック・ラビット』を引き抜き、地上に降りる。
その薄緑の巨体を前にしては、黒兎は圧倒的に小さく感じる。トロールが突然の彼女の登場にたじろいでいる間に、黒兎は振り返る。背にしていた少女を見遣った。
「大丈夫かい!?萌恵!………———って」
身体が硬直する。それは想像していた人物とは違う、見たことさえもない金髪の少女だった。その少女は黒兎たちよりも少し年下のようで、身体を震わせながら草陰に隠れている。
黒兎は思わぬ展開に驚きながら、小さく呟いた。
「キミ、いったい誰……なんだ?」
少女はその問いに反応し、口をわずかに開こうとするが、ふいに目を大きく見開いた。怯えた目。そして、そのかぼそい腕を上げ、黒兎の後ろを指差す。
「ぁ…危ない!」
黒兎が振り向こうとすると同時に、背中に強い衝撃を受け、遠くに吹っ飛ばされる。
…油断、していた。トロールの金棒を喰らったらしい。身体全体にかなりの負荷がかかり、地面を転がる。
やっとの思いで静止できたが、そのとたんに内臓が圧迫されるような内側からの痛みが襲った。
「がッ…がは…!!」
苦しい。痛い。肩を震わせ咳をする。目を開けると、自身の口から溢れ出た血が地面を濡らしていた。しかし、咳は止まらない。片手で口元を押さえながら、気力を振り絞って立とうとする。
が、背を丸めたとき、また強烈な痛みが襲いかかる。あばら骨と背骨を何本かヤってしまったらしい。折れた骨が内臓に刺さっていないだけマシか…。黒兎は苦笑した。
ああ、早く行ってやらないと…。
少女はまだあの場所に居る。トロールが再び襲ってくるのも時間の問題。
「…くッ…は、っはぁ……うぐぁ」
少しづつ、少しづつ、身体を曲げていく。あいかわらずの激痛だ。なんだろう、それに身体が異常に冷たい。呼吸をするたびにゼェゼェと変な音がする。
最後の気力を振り絞って、震える膝を押さえて立つ。『ブラック・ラビット』を杖代わりにして地面に突き立て、それに重心を加えて、なんとか立ち上がれた。
キモチワルイ。口から顎にかけて血で汚れている。もう乾き始めていて、こびりつく前に手でふき取る。そのまま、あきらかに歪む視界であの場所を見つめた。
かなり吹っ飛ばされてしまったな…。トロールの姿が小さく見える。少女がまだ奴に見つかっていないといいが。
剣をグサ、グサと地面に突き刺しながら、よろよろと揺れる身体を支えて歩んでいく。
もう身体のあちこちが悲鳴をあげている。きっと、まともには戦えない。
————…それでも。
黒兎は『ブラック・ラビット』を見つめて、口を歪ませた。
そう、僕は誓ったんだ。旅に出る前、警察に取り上げられていたこの魔剣を再び受け取ったあの時。
もう、人を傷つけることはしない。この剣は、人を護るためだけに使おう————…と。
いつかもういちど生きて【桃源郷ノスタルジア】に戻った時、僕が誇れるような剣士として人生をやりなおすために。
そして、こんな僕にも笑いかけてくれた彼ら…萌恵やそるとくりーむが自慢できるような「立派な仲間」として、在れるように。
だから、…この瞳に映る人間はすべて護ると決めたんだ。
「うがぁああああああああああああッッ!!!」
咆哮する。身体の奥から声を引っ張り出し、魂を見せつけるがごとく、大声で叫んだ。ああ、もう一度あの攻撃を受けたら死ぬかもしれない。でも、逃げることはしない。さぁ、僕の叫びを聞け!これが僕の覚悟だ。
息がとまるほど叫んだ僕は、『ブラック・ラビット』を地面から離すと、バランスのとれない身体で構えた。
僕の力を見せてやる。魔剣使いとしての、真の能力を————……。
「…ッ…魔剣ブラック・ラビットの誓約により、僕が命じる…———第一の型、『くれない懺悔』!!!!」
大きく、一振りする。
すると、紅と黒の波動が絡み合うように一直線にスパークしていく。その光がレーザーのように伸びていき、トロールのいる場所まで届いていった。
剣を振り終えたそのまま黒兎はバタリ、と地面に倒れる。倒れたまま、顔を上げた。
向こうでピカリと雷が落ちたように閃光がさす。その後、大きな物体がドスンと倒れる音がした。見つめる先にはトロールがいない。
ああ…よかった。長距離型の攻撃だったが、あの光がはたしてあそこまで届くのか心配だったのだ。
ふっ…と息を吐く。だが、もう身体は限界に近い。
少女の消息を確かめたいところだが、この足ではあそこまで歩いていくのに半日はかかりそうだ。
…ああ。
黒兎は目を閉じた。
瞼の裏には、あの日の萌恵とそるとくりーむの姿が残る。眉をひそめて、微笑した。
「本当はわかってるさ……僕は、ただ嫉妬してた…だけ。…僕の世界を、あの友桃という人間に……盗られれたく、なかった…それだけなんだって」
再度、咳を繰り返す。また、血。もうダメかもしれないなぁ、僕…。
うつぶせの状態から、身体を少し動かして、仰向けにした。自然に空を見上げる形となる。灰色の空が、なんとなく心地のいい気がする。
「……何も、言えなかったな……萌恵君にも、そると君にも————……ありがとう、って」
自分をあの暗い世界から引っ張ってくれて「ありがとう」。……恥ずかしいし、どう言っていいのかわからなかったから、ずっと心に留めていた言葉。
本当は感謝しているんだ。それなのに、僕はそこまで純粋な人間じゃないからさ…。
そっけない態度、2人を困らせてばっかりの僕。…馬鹿な奴だと、だれか笑ってくれ。
うん、それに————…本当は彼らの「仲間」になりたかった。こんな僕でも、彼らの「仲間」として一緒に居たかった。
でも、僕自身が自分で胸を張ってそう言えるまでは、我慢することにしたんだ。でも————……
ごめんね、萌恵君、そると君…———僕さ、もう…——---------
灰色の視界が、まっしろに堕ちていく。
瞼を閉じると共に、ひとすじの生温かい雫が頬を流れた。
こうして僕は、この世界に別れを、告げた——------------。