コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: †he legend of story【カキコの書き手登場】 ( No.81 )
- 日時: 2011/04/04 23:59
- 名前: 凡(ぼん) (ID: CbmxSfx3)
Ep13
黒兎はふっと目を開ける。眼前に広がるのは、桜の舞う見知らぬ風景。自分の身体が浮いているように軽い。黒兎は自身の身体を見遣って、不思議に思った。……傷がない。
そうだ、僕はトロールと戦って…それで…——-。金棒で吹っ飛ばされ、血を吐いて、指一本も動かせなかった状態のはず。ぼやけた頭がだんだんと冷静さを取り戻す。意識がはっきりしてくる。
……ここは、どこだ?
黒兎はふと考えついて、頬を手で引っ張った。
————…痛くない。
「ああ———…なんだ。ここは、夢の中か」
黒兎は苦笑しながら、辺りを見渡す。それは紛れもない非現実的な世界。魔界都市でも、あの荒れ地でもない。太陽は昇り、花は満ち、健やかな風が吹く…そんな平和な世界。…ああ、まるで桃源郷ノスタルジアにいるみたいだ。
すると、後方からカサ———ッ……と草を割け歩く音がした。
黒兎は振り返る。そこで再び景色は一転し、舞台は大きな桜の下に変わった。そして彼女の正面に立つのは、見たこともない女性。
その髪につけた鈴をリン…と鳴らし、近づいてくる。一方、黒兎は金縛りにあっているかのように身体が微動だにできない。
女性は立派な着物姿で、長い銀色の髪を風になびかせながら、黒兎の目の前にやってきた。
「——-……こんなところに居てはいけませんよ」
彼女は鈴の音のように優雅で優しい声で、黒兎に話しかける。
黒兎は声を振り絞り、その彼女に問うた。
「キミは…誰だ」
女性はその言葉に反応するが、目を閉じて首を横に振った。苦悩の表情。答えられない……というわけか。黒兎は質問を変えた。
「じゃあ…ここはどこなんだ?」
女性は口をつぐんだままだったが、しばらくして顔を上げた。そして、頭上を指差す。
「この桜は、綺麗でしょう…?」
女性はなんだか悲しそうな瞳でその桜を見つめた。黒兎もつられるようにして桜を見上げる。ふわり、ふわり、と花びらが穏やかに散っていく。淡い桃色の光が辺りを包み込むようだった。女性は寂しげな声で続ける。
「知っていますか?…もともとは、桃源郷ノスタルジアには『桜』という木はなかったのです。ノスタルジアの気候はこの木を育てるには適さなかった」
黒兎はじっと聞いていた。しかし、桜が桃源郷ノスタルジアで育てられなかったという話は聞いたことがない。黒兎が生まれたときには、桜なんて木は当然のように植えられていた。今だって、珍しくもないくらい、春にはたくさんの桜が咲き誇っている。
女性はその桜に目を離さず、呟いた。
「……あの方が、この大陸に四季を作ってくださったのです。———…そして、桜を咲かせてくださった」
「あの方…?」
「そう、あの方——-…彼は、本当は優しい心の持ち主なのです。この国に住む私たち人間にも、この美しい桜を見てもらいたいのだと。そう言って、無邪気に笑っておられた。こうやって、私と共に桜の下で約束をしてくださったのです。誰もがわけ隔てなく美しいものを見、感じ、そして笑いあえる世界を作ろう…—と」
女性はそこでいったん区切って、辛辣そうな表情で舞い落ちてきた桜の花びらをそっと掴むと、握りしめる。
「けれど、彼らは彼を認めてくださらなかった。…私は約束を、破ってしまった。裏切りにも等しい行為を、優しいあの方に————…」
女性はふいに振りかえる。黒兎の瞳を一心に見つめて、その手をとった。
「どうか、彼を助けてあげて————…そして、忘れないで…彼は、あなたたちの敵ではない…本当に滅すべきものを…——その目で見抜いて———…ザザザザ…」
『ザ、ザー…ザザザザ……——-ザー』
なんだ、このノイズ。黒兎は目を細めた。
周りの景色にヒビが入っていく。女性の身体が、だんだんと砂化していく。さらさらと風に流されて…消えて行く。
黒兎は耳鳴りにも近いその雑音の中から彼女の声を辿った。
「私は———ザザザ…あな—…ザザの…——-く、に…ザザザ、ザ…——気をつ——…—ザ…ザザ…から…——…」
ダメだ。聞こえない。そうしている間にもこの世界は崩れて行く。女性の身体の下半身はもう既に消え去っている。彼女は何を言いたかったんだ。彼女の言葉を聞かなければならない。直感的にそう思った黒兎はめいいっぱいに叫んだ。
「キミは誰なんだ!…僕に何を伝えようとっ——…!!」
「私は———ザザ…ザッ…——-、そし…て———ノスタル—ザ…アの…——…初代、皇女———ザザ…」
ノスタルジアの…初代皇女?
そんな、まさか。黒兎がもう一度口を開こうとした時、女性の姿が強烈な風によって一気に消し飛ばされる。
なんだよ、これ…これは、本当に夢なのか?あまりにリアルすぎているその光景に、黒兎は身を固まらせた。
それに、先程のノイズ…——
「誰かが、僕に話を聞かれないように…邪魔をしてたみたいだった……」
黒兎はごくり、と唾を飲む。まわりの景色は割れたガラス片のように散らばっていく。黒兎が唖然としていた、その時だった。
——------パシンッ———————
破裂音。その瞬間、黒兎の立っていた地面が割れ、奈落へと落とされる。それは闇だった。暗黒の世界。
「うあああああああああッ」
黒兎はひたすら、その闇に落とされぬよう、地面に掴まる。しかし、その行動も無意味なものだった。掴んでいた地面すらも欠け落ち、闇に吸い込まれていく。
黒兎は目を閉じて、大きく叫んだ。しかし、引き寄せられるように身体は堕ちて、堕ちて、堕ちて…——-。
『ザザッ……』
気を失いそうになる、意識を手放すその直前。
誰かの声が高らかに響いた。
「———…よかったデスネェ、黒ウサギチャン?君はまだ、『此処』に来るには相応しくないみたいデスヨー?ってことでサヨナラバイバーイ、…———また『あっち』で逢いましょうネー♪」
笑いを含めたような話し方。
その言葉を聞き終えて、僕はやっと解放された……—---———。