コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: ▽ 碧い空に手を伸ばして / 短編集 ( No.108 )
- 日時: 2012/02/25 23:32
- 名前: 花瑚 (ID: bJHwv4jv)
【祈りを夜空に捧ぐ】
「———でさ、皆田が面白いの!……って聞いてる?」
彼は、私の顔を不思議そうに覗き込んできた。
「……あっ、ごめん。なんだっけ?」
慌てて考えていたことを頭の隅に追いやる。今は忘れなきゃ、今は。
「……なんかあったの」
「え?」
「いや、だってなんかぼんやりしてるし。最近元気ないし」
——嘘。そんなにばれてたかな。やばいやばい、誤魔化しとかなきゃ。
「…大丈夫だよ。元気元気!」
「ふーん」
明るい声を無理に出す私の事を、彼は納得いかなそうに眺めた。
…誤魔化せたかな?大丈夫だよね。彼の表情をこっそり盗み見て、ほっと胸をなでおろした。
●
「みのり〜、次理科だよ?行こう」
親友の仲森深月(みつき)が、ぼーっとしていたらしいみのりをせかす。
「あ!ごめん」
慌てて教科書を用意し廊下へ向かって歩き出すが、手が滑って床にノートが落ちた。あ、と小さく声をあげて、みのりはノートに手を伸ばそうと屈んだ。すると目の前のノートが急に持ち上がり、ぬっと顔の前に差し出される。
「わ!?」
驚いて顔を上げると、
———目の前に大好きな、優しい笑顔があった。
「た、田村(たむら)先生!?」
心臓が急に高鳴りだした。頬がだんだんと熱を持っていくのが自分でもはっきり分かる。
「大丈夫?」
優しい声が上から降ってきた。はっとしてノートを受け取ると、田村にお礼を言う。声が裏返っていないか確認できるほどの余裕はなかった。田村はみのりにノートを手渡すと、さっと廊下を歩いて行ってしまった。
このことが、仲森に気付かれていないか不安に思いながら、仲森のもとへ駆け寄る。
「よし、行こう」
幸いにも、仲森は気付いていないようだ。廊下を歩きだしてから、後ろ髪引かれて振り返る。もう廊下には誰もいなかった。田村の優しい笑顔がはっきりと、みのりの脳裏に浮かびあがってきたが、頭を振ってそれを追い払った。
———もう考えるのを辞めなきゃ。
頭では分かっていても、心はなかなかついてこない。
●
田村は柔らかそうな茶色の髪に、銀縁眼鏡をかけた国語教師だ。いつも気弱そうな笑顔を浮かべ、のんびりと授業を進める。生徒にもそこそこ人気があり、みのりも田村に好意を持っていることは認めざるを得ない。
きっかけなんてものは、宿題の作文を職員室に提出しに行ったとき。文章を書くことは苦手としているみのりは、提出日ぎりぎりまで作文を出すのを躊躇っていた。
『こんな下手な文章で先生は呆れないだろうか』
そんなことばかり考えてしまう。———仲森なら、そんなことは思わないだろうに。仲森は、何でもできる。勉強も運動も。クラスのリーダー的存在で、思わず憧れてしまう程に。
みのりが気にしていることは、字の汚さもある。何度書いても整うことのない字。今まで一度も、褒められたことのない字。一つ一つが整っていて綺麗だ、そう思うのは皆田の書く字だ。大きな手でサラサラ文字を書く皆田を見て、思わずこんな風に書けたらいいのにと思ってしまう。
そんな作文を、田村のもとへ持っていくと田村は笑ってこう言った。
「綺麗な字だね」
ふわりと、心が軽くなった気がした。不安な気持ちが何処かへ消えた。この字のどこが綺麗なのか、戸惑いながら聞くと
「ん、一生懸命書いた字って感じがする」
今思えば、その時だったと思う。田村に不思議な感情を持つようになってしまったのは。
どうなりたい、という訳じゃなく漠然と『好きだな』と思った。
———この人が好きだ、と。
そんな想いは、誰にも打ち明けられなかった。とてもそんな勇気なんてない、というのは建前で本当は言うのが恥ずかしかっただけだ。
『馬鹿じゃないの』
そう言われてしまいそうで。
もちろん、仲森たちはそんなことは言わないだろう。でも、怖いのだ。自分でもよく理解できていないこの気持ちを、人に触れられるのは。
●
最近、元気がない。理由ははっきりしている。それしかないのだから。
——田村が結婚した。
その言葉と聞いた瞬間に、目の前が真っ白になって、訳も分からず苦しくなった。こんな日はいつか来ると、気付いていながら知らない振りをしていた。傷ついてから間違いに気付くのは慣れている。
その日、夜空を見上げて少しだけ泣いた。
●
休み時間になるといつも皆田がやってくる。みのりと仲森は同じ1組で、千代田が2組、皆田が4組だ。
皆田は優しい。今まで、2回も告白されたのにどうして断ってしまうのだろう、どうして皆田じゃ駄目なのだろうと考える。きっとみのりの事を大事にしてくれるはずなのに。———どうして。
「みのり、皆田の事どう思ってんの」
「どう思ってんの」
唐突に千代田と仲森に問詰められて狼狽えた。
田村の事はまだ少し引きずっている。だが、完全に立ち直ってはいないけど、少しずつ傷は癒えていっていると思う。
ああ、仲森も同じように千代田の事を引きずっているのだろうか。千代田と楽しそうに話している仲森の事を見て、いつもそう思っていた。だとしたら、近くにいる分みのりよりも全然きついのだろう。仲森の事を全く気遣ってあげられていない自分に気がついて、泣きたくなった。
こんな自分が、皆田と付き合っていいのか。そんな資格はないんじゃないのか。そんな思いが頭の中をぐるぐる渦巻く。
何も答えられないみのりを見て、仲森がはあっと溜息をついた。
「余計なこと考えてたら、大事なもんなくすよ?」
「…うん」
素直に頷く。
「僕は、その気がないなら皆田にはこれ以上優しくしないでほしいな」
「…え」
「皆田が期待しちゃうから」
「……うん」
頷くことで精一杯だった。ああ、甘えてばかりだ。仲森にも千代田にも、
———皆田にも。
優しさに気付いてまた泣きたくなる。
●
星は今日も綺麗で。
願いなんか聞いちゃくれないことなんて知っているけど。
———それでも祈ってしまう。
