コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: ▽ 碧い空に手を伸ばして / 短編集 ( No.134 )
- 日時: 2012/06/03 08:34
- 名前: 花瑚 (ID: YKdGlOy5)
【心模様】
戻ってきた田村は俺の知らない田村のようだった。授業開始のチャイムと共に、滑り込むように教室に入ってきて机に素早く座ると、ぼんやりと窓の外を見る。顔は窓の外に向けられていて、表情までは伺えない。そこには、いつも呆れるくらい真面目に授業を受けている田村の姿はなかった。
田村が呆けるなんて珍しいと思う。いつも明るく、元気だけが取り柄のような田村のこんな姿は、小中同じの俺でも見たことがない。田村に何かあったことは明白で、俺が力になってやれないとことも誰の目にも明らかだった。
俺はほとんど田村と話したことがない。何故かと聞かれても困るが、きっと。
———田村は俺が嫌いなんだと思う。
小中同じで高校も一緒。同じクラスになったのも一度や二度ではない。田村は明るくて元気なのだ。人と話すことを得意とする。
俺は真逆で、人と話すのが苦手だ。相手から話しかけてもらわない限り、人と話すようなことはない。———というより、話せない。
そんな俺に、普通田村みたいなタイプはにこにこと話しかけてくる。俺もそんなに悪い気はしない。話すことは苦手だが、話題があれば俺だってちゃんと話せる。……はず。
だが、ただの一度も田村に話しかけられた記憶はない。何か用件がらみなら何度かあったはずだが、会話目的で話しかけられたことは全くない。
別にそれがショックとか、そういう訳でもない。ただ、———少し気になるだけだ。
漢字の小テストのプリントが回ってきたので、ちらりと隣に視線を送ってみると、相変わらず呆けたままの田村がいる。ショートカットの短い髪が、光に当たって茶色く見えた。
田村の右隣と後ろは壁と窓が立ち塞がっている。つまりは、窓側の一番後ろの席。その隣が俺。従って田村を気遣ってやれるのは俺しかいないのだ。
そうこうしているうちに、小テストが終わり採点の時間になった。不正が行えないようにか、隣の席の人と小テストを交換してお互いに採点するのが決まりだ。田村を伺うと、変わらずぼんやりと外の世界を見つめている。
まさか泣いていたりしないよな。そんな考えがふと脳裏を過ったが、俺に何かしてやれる能力はないのだと考え直した。
しばらく待ってみたが、一向にこちらを向く気配もないので勝手に答案を拝借。それでも気づく様子はない。俺はなかば呆れながら答案に目をやるが、案の定それは真っ白だ。10問中8問正解しないと、再テストがある。
田村は意外と頭が良いので、さすがに空白で提出するわけにもいかない。俺は少し迷ったが、教師がこちらに背を向けて黒板に板書をしているのをいいことに、シャーペンを手に取ると空白を埋め始めた。なるべく田村の字に似せて書いてみたが、流石にじっくり見られたらばれるだろう。少し目を離して答案を眺めてみたが、そんなに違和感はない。俺は安心してその答案に丸をつけ、大きく満点、と書いた。この国語教師は、満点にはさして興味を示さないのできっと大丈夫だろう。うん。
自分の分も採点し終わる頃、はーいじゃあ返却してー。と間延びした教師の声が響いて全員一斉に答案を返却。俺もそれを田村に返した。
