コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ▽ 碧い空に手を伸ばして / 短編集 ( No.180 )
日時: 2013/03/06 21:21
名前: 花瑚 (ID: slzqu/cu)


【無題】


その日、鳴らないはずの携帯が鳴って、思わず身構えた。画面にはあいつの名前が表示されていて。

「もしもし」



《俺さ、》

通話を開始させれば、いきなり会話が始まる。どこまでも自由で勝手なやつだと心の中で悪態をつく。滅多に電話を自分からかけてこない癖に、あいつにしては珍しい。


———だから、嫌な予感だけはしていた。







《俺さ、》




《他に好きな奴いる》




冷たいいつもの声が脳内に響いて、
———頭が真っ白になった。



《お前はどうしたい?》



《また明日この時間に電話する》



《考えといて》



そこから記憶のある言葉たちを繋ぎ合わせて、明日までに答えを出せとあいつに言われていることを知った。
否、答えなんて最初から出ているのだ。あいつは決めたことは必ず守る。いい意味でも、悪い意味でも。

何で、どうして、意味わかんない、ふざけんなとあいつに問いただしたい気持ちを無理やり押さえつけた。

そんなことしても、労力の無駄。
状況は何も変わらない。

そんなこともう分かっている。


だからこの一日は、私が"答えを受け入れるための一日"だと、ぼんやりした頭で悟った。







約束の時間きっかりに携帯電話が私に着信を知らせる。私にこれ以上時間をやらないつもりなのか、あいつはこんなときばかり時間に正確だ。
軽快なメロディを奏でるそれを虚ろな目で見つめて、嗚呼もうこんな時間か、と思う。


出たくないけど出なければならない。
迷っている間にも着信音がけたたましく私をせかす。






《遅い》


通話ボタンを押した直後に、不機嫌な声が脳内に割り込む。


《で、お前はどうしたいの》


嗚呼、最後まであいつは私に時間を与えようとしない。そして、別れを私に告げさせようとする。あいつはやっぱり、傲慢で自分勝手で見栄っ張りで。

———どこまでも最低だ。






"そんなやつ、早く忘れなさい"

誰かが言う。


"そうだね"

と、私が答える。



ただ、私の一部はこれを否定する。
つよく、強く、ツヨク。





「いいよ」

結局己の口から溢れたのは単純な肯定の言葉。


《…ほんとに?》


しばらくの沈黙のあとに、探るような口調で聞かれた。別れ話を切り出したのは自分の癖に、何で。

これだから、あいつが嫌いなのだ。いつでも自分中心で、私が当たり前のように自分を好きでいてくれると思ってる。
———そんなわけ、ないでしょう。


「うん」

もう、うんざり。
本当に、




《じゃあ何でお前は泣いてんの》




いきなり思考をぶったぎられて割り込む音声。言っている言葉の意味もわからず思考停止。
は?私が泣いてる?お前のために誰が泣くかあほ。


でも、

「……何で分かるのよ」


心とは裏腹に、体はどうにも正直らしい。滴があとからあとから溢れて、シャツに染みを作っていく。



《お前の泣き方ぐらい知ってる》



どこまでも冷たい声が、少しだけ柔くなる。嗚呼、今私が一番好きな顔で笑ってんなこいつ。心がどうしようもなく温かくなってしまうのが、殊更に悔しい。

胸に湧き上がってくる想いと、今までの思い出全てを無理矢理押し込んで、涙を拭いた。そして、覚悟を決める。




「終わりにしよう」



全てを。
出会う前の私たちに戻ろう。これが聞きたかったんでしょう。私の口から。
だから、だから。



さよなら。






そう言って通話を切った。

まだ過去形に出来ない想いを弄ぶ午前2時のこと。