コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.106 )
- 日時: 2012/07/11 21:36
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: LWvVdf8p)
- 参照: 日本ってなんでこんなに蒸し暑いんだろー。
その後は最悪だった。
まず、いつも使ってる電車が目の前で行ってしまったこと。コイツに行かれると乗り換えを三回もしなくちゃいけなくなる。そんなわけで乗り換える為に、普段降りない駅で降りたらホームを間違えて階段を何回も登るハメになってしまった。膝だの太ももだのがギシギシと悲鳴を上げる。どうして駅の階段はこんなにも段数が多いのだろう……
そして極め付けが、三度目の乗り換えもせずに、寝過ごしてしまったこと。
さっきの階段の上り下りで俺の体は余程疲れてしまったらしく、目が覚めた頃には車内に響くスピーカー越しの車掌の声は、全く知らない駅名を告げていた。
「高橋、高橋起きて!」
耳元でカイコの声がした。起きて、しばらくただただ呆然としてしまった。
意識が朦朧とする中、次の停車で電車を降りると海の匂いが微かにした。……海の匂い?
俺の住む我島岡市は内陸だ。はて、これは一体どういうことだろうか。
恐る恐る駅名を見上げてみる。
“ 銚子 ”
「銚子って……。あの鰯の水揚げ量が全国一位の銚子??」
腕時計をみると時刻は九時半。普通ならもうとっくに家に着いている時間である。というか九時半って、俺は今日中に家に帰れるのだろうか。あわわわわわわ。
「カイコ、あのさ、ワープとかできる魔法とかない?」
「そんな便利なことできるわけないでしょ。僕だって、高橋のせいで帰るの遅くなってるんだからね!もう、あんな変な人生ゲームなんてしてるからだよ、僕に頼らないで自力でなんとかしなさい!」
嗚呼、カイコに説教までされてしまった。俺は一体どうすればいいのだろうか。
とりあえず今来た反対方面の電車を待とう。うーん、千葉県の東端に俺は来てしまったんだね。一応、次の電車が何分後に来るのか分からないと心細いので、携帯から調べることにした。
しかし非情かな。携帯電話の電池が切れていた。画面が何をしても真っ暗だ。マジかよ嘘だろ。
唖然とする俺の耳音で、カイコが皮肉気な声を出して笑った。
「なんか高橋さ、今日ことごとくツイてないね。」
「うん……。もうネタにできるぐらいだよ……」
そのまま成す術なく呆然と、ベンチにカイコと二人寂しく座っていると、改札の方から騒がしい声が聞こえてきた。暗くてよくわからないが、喋り方からしてどうやらヤンキーらしい。
はあ、不良さんか、と思ってガン見しないようにしていたら、不良さんたちの声が遠ざかって行った。五、六人の集団だったのが改札のところで別れたらしい。
すると一人分の足音が階段を下ってくる音がした。なんか怖いな、こっちに来ませんように。
しかし願い届かず、不良さんはまっすぐこちらにやって来る。なんかヤバイ気がしたので下を向いて、寝ているフリをした。
コーン、コーン。迫りくる足音。過ぎ去ってくれ、過ぎ去ってくれ、お願いだから過ぎ去ってくれと念じていると、足音はちょうど俺の目の前で止まったようだった。心臓あたりがヒヤリとして、背筋に冷たい汗が伝った。
そのまま十秒経過。不良さんはまだ行ってくれそうにない。かなりやばいよコレ。どうなるの俺。
「おい、お前。」
ついに不良さんが声をかけてきた。もう腹をくくるしかないだろう。
寝たフリをやめて、できるだけ目を合わせないようにして俯き加減に顔を上げた。肩に乗っているカイコまでブルブルと震えている。マジでやばい。しかしカツアゲされたとしても俺の今の所持金はたった九円しかない。とりあえずそこだけはラッキーポイントだ。
頑張って声を振り絞る。
「……は、はい、ななな、なんでしょうか……」
- Re: 小説カイコ ( No.107 )
- 日時: 2012/07/11 21:56
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: LWvVdf8p)
- 参照: 明日博物館行ってくる♪
「お、やっぱ任史じゃん」
………?
俺の顔を見てにっこりと笑う不良さん。
どこからどうみても正真正銘のヤンキーには、不釣合いに爽やかすぎる笑顔。
「あ、あの。どなたでしたっけ?」
「ひっでえな、俺だよ、俺。拓哉だよ。」
しばらく呆然となってしげしげと対峙する不良さんの顔をしげしげと見上げてしまった。暗がりでよく分からないが、確かにどこかで見たことのあるような、
……思い出した。
「ああ、拓哉か!ごめんごめん、しばらく見てなかったから分からなかった。もう、どっかの不良かと思ったよ。」
「アハハハハ、まー確かにどっかの不良だけどな。」
なんという偶然だろう。寝過ごした先で旧友に巡り合ってしまった。
拓哉とは昔からの知り合いで、小さい頃はよく一緒に遊んだりした。
小学校高学年ごろからグレ始めて、あまり学校に来なくなった。中学に入学してからは完璧に不良になった。ときどき学校に姿を見せても、四時間目の終わりにフラッと現れては、給食を食べるとそのまま失踪していた。
俺が受験期で塾が夜遅くまである時期は、たまに駅前で拓哉とばったり会って一緒に喋ったりした。しかし、俺が高校に合格して塾を辞めてからは今まで一度も会ったことは無かった。
約三か月ぶり。たった三か月の間に随分大きくなったなあ。
「ところでさ、お前なんでこんなとこ居んの?高校、東京の方なんだろ?反対方面じゃん。」
「ああ、うん。聞いてよ俺ったらさぁ、寝過ごしちゃったんだよね。」
「うわあ、相当なバカじゃん。」笑い転げる拓哉。ムカつくが悪い気はしない。
「……む。じゃあ拓哉はなんでここに居るんだよ?」
拓哉は一瞬返答に詰まったようだった。しかしすぐに笑顔を作り直してこう言った。
「ばーろ、お前と違って俺はもう立派な社会人なんだよ。坊ちゃんとは違って忙しーの。」
「へー、そっか……」
中学の頃から拓哉がヤバイ世界に足をつっこんでいるのには薄々、気付いていた。拓哉の言う“立派な社会人”とはそういう意味なんだろう。
けれど、あえて問いただす気はなかった。拓哉には、拓哉なりの生き方があるんだろうし。
遠くで、カンカンカンと踏み切りの落ちる音がした。
「お、電車来るぞ。電車。お前は我島岡に帰るんだよな?」
「うん。っていうか拓哉も帰るんでしょ。違うの?」
「……いや。まあ千葉駅までは一緒だから安心しな(笑)」
その後、誰も乗っていない車両に乗り込み、しばらく世間話なんかもした。彼女が居ないことがバレるとさんざん馬鹿にされた。なんなんだよ、どいつもこいつもリア充かよ。
「へえ〜任史マジメすぎるんじゃねえの?ちなみに俺はもう脱童……」
「っ、あああ!うるさい、この変態!それ以上喋るな!!」
夜遅くの電車だけあって、ずいぶん都市部に近づくまで誰も乗客は乗ってこなかった。広すぎる無人車両の中で、俺らは長いことふざけあった。夜は深まり車窓の外は真っ暗で、遠くにぽつねんと灯っている白い電灯の光が心細く見えるだけだ。誰も居ない電車の中は、まるで異世界のようでなんだか不思議な気分だった。
長い時間だったような、短い時間だったような、いつも感じている時間の流れとは違う時間。昔からの友達との時は、それこそ何の遠慮もなくって、今よりずっと幼かったあの頃に戻ったようで、とても楽しかった。
そしてすぐに、終点の千葉駅に着いてしまった。
「じゃ、またな、任史!」手を振る拓哉。なんか永遠の別れみたいだ。
「うん、健康には気をつけなよ!」
そう言うと、拓哉は可笑しそうに大笑いした。「どこのババァだよ!」
それから一人になって、地方への電車に乗り換えた。ぼーっと電車に揺られながら、今日部活でやった人生ゲームを思い出した。最初は同じスタート地点から始まるのに、ゴールする頃には一人一人が全く違う経路を辿っている人生ゲーム。
「俺と拓哉も同じなのかな。」
ゴールする頃には……拓哉だけじゃない、自分の知り合いみんな、それぞれ全く違った人生を送ってきているんだろうなぁ。なーんて、感傷に浸っていたりした。