コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 小説カイコ ( No.119 )
日時: 2012/07/26 19:21
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: 大雨ワッショーイ

それから駅に着いて、電車の中でボーっとしていると、携帯に着信が入った。珍しく母親からである。なんだろう。優羽子(妹)が熱でも出したのか。



 『 RE.無題 18時24分45
  
  さっき、久しぶりに切崎さんに会ったん
  だけど、拓哉君になにかあったみたい。
  
  救急車で運ばれたそうよ。

  今中央病院に切崎さんを車で送って差し
  上げたところなんだけど。

  切崎さんあんまり詳しく話してくださら
  なかったんだけど、けっこう重症みたい
  よ。                 』   

  

「えっ……」
一瞬、頭の中が真っ白になった。拓哉が病院?重症?あんなに丈夫な奴が?風邪をひどくしたんだろうか。

違う。
風邪じゃない。きっと怪我の方だ。

中央病院まであと三十分は余裕でかかる。第一、乗り換えの電車がすぐに来ない可能性もある。どうしよう、どうしたら一番いいのだろう。
しかもこちらの焦る気持ちとは裏腹に、乗っているこの電車は各駅停車の鈍行である。
とりあえず、母親に中央病院に寄ることを返信する。拓哉に電話を掛けようかと思ったが、確か携帯電話は持っていなかったはずだ。

車内で成すすべもなく、ただただ駅名表示が切り替わるのを喉が焼き切れるような思いで見ていた。十数分後、やっと乗り換えの駅に着いた。中央病院方面の電車は発車まであと十分強ほどあって、駅員さんに聞いたら中央病院はここの駅からたったの一駅で、十分待つのだったらタクシーで行った方が早いとのことだった。
急いで改札を出て、駅の階段を駆け下り、ロータリーへと走った。ちょうど目の前に黒いタクシーが来たのですぐに乗り込む。

「お兄ちゃん、どこまで?」運転手のおじさんがのんびりとした声で聞く。眼鏡のフレームを悠長に磨きながら。
「中央病院までです、できるだけ急いでください、お願いですからっ……!」
俺の切迫した感じが先方にも伝わったのか、おじさんは真面目な声で答えるとすぐに出発してくれた。


……車のエンジンの音が、まるで胃の奥まで響いてくるようだ。

数分ほどの距離さえも永遠に感じる。
非常識な赤信号に苛立ちを覚えた。
タクシーのスピードが遅すぎないかと何回も思った。

「はい、中央病院着いたよ。」やっと、白い大きな建物が見えた。料金はいくらだかよく分からなかったが、とりあえず千円札を渡して、病院のエントランス目がけて走った。
「兄ちゃん、おつり!おつりだよ!」後方でおじさんの声がしたが、この際そんなものどうでもいい。

反応の遅い自動ドアをイライラしながら潜り抜けて、受付まで走った。受付の女の人に 切崎の友人です、と言ったら全てを察したように中まで案内してくれた。しばらく病院の廊下を歩くと、急に人があまり居ないところに出た。「ここの廊下をまっすぐ行ったところです。」床の色が肌色から茶色に変わっているところを女の人は指しながら言った。

「ありがとうございます」
短くお礼を言って、細くて長い廊下をできるだけ速く蹴った。自分の足音が狭い廊下全体に乱暴に響いていくのがはっきりと分かった。
廊下の終わりは左右に分かれていて、右側の方の部屋から白衣を着た、若い男の人が出てきた。隣にいる看護婦さんと小さな声でコソコソと何か喋っている。

「あの……」
すると、看護婦さんの方が俺に気付いたようで、小走りでこちらへやって来た。
「切崎さんのご親族の方ですか?」病院特有の、ツンと鼻につく消毒液の匂いがした。
「いえ、友人です。拓哉はここの部屋なんですね!?」
看護婦さんを押しのけてドアノブに手を伸ばそうとしたが、すぐに遮られ、止められた。

「っ、何するんですか!」
すると看護婦さんはシーッと唇に人差し指を当てた。「大声を出さないで。ご家族だけで静かにいかせてあげなさい。」
「いかせてあげなさいって……何を言って……」
「もう危ないのよ。」看護婦さんは、廊下の反対側のベンチに俺を座らせながら言った。「辛かったら帰った方がいいわ。受付でなにか飲み物でも買って落ち着きなさい。」


「そんな……」




……そんな、ことってあるのだろうか。
この部屋の向こう側に拓哉が居るなんて、いまいち信じられない。


バンッ

部屋のドアが外側に破れるように開いた。同時に中から女の人が飛び出してきた。……あれは確か、拓哉のお母さんだ。

「切崎さんっ!どこ行くの!?」
看護婦さんが甲高い声を上げて急いで拓哉のお母さんの後を追った。けれどもう、拓哉のお母さんはあの長い廊下を走り抜けていった後だった。

Re: 小説カイコ ( No.120 )
日時: 2012/07/26 19:37
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: 宿題まだ何も終わってないよ\(^o^)/

                 ■

あの日から、一週間が経った。
あんまりにも急に色んなことがあった一日だったから、一週間経っても気持ちと記憶の収集がなかなかつかなかった。


結局、拓哉はあの日の夜に息を引き取った。



けれど、拓哉がもうどこにも居ないなんていう感覚が全くない。死んでしまったという感覚が全くない。事実として頭では分かっているんだけど、どうにも実感が伴わない。
……幼馴染が死んだというのに、悲しい、と感じられない自分がいる。もともと、中学の時から学校に来てなくて普段は見かけなかった奴だから、またひょっこり姿を現すような気がしてならない。

「おい、高橋ったら!」
昼過ぎ。部活が終わって、部室で着替えていた俺の肘を鈴木がつついてきた。

「あ、ごめん。なんか言った?」
「おいおい、あんだけ耳元で言ったのに聞こえてなかったのかよ。最近お前こーゆーの多くない?なんかボケーとしちゃってさ。」
「? そう?」
鈴木はワイシャツのボタンを閉めながら話し続けた。「お前、自分じゃ気付いてなかったの?ホント大丈夫かよ。佐藤先輩も張先輩も、飯塚や小久保まで心配してたぞ。ほっしーなんか四六時中お前のこと気にしてる。」

「え……。なんでみんなそんなに心配してんの。そんなに俺やばそう?」
「うん、やばそう。ほら、ベルトねじれてるしさ。」
指さされて、自分の腰元に目を落とすと確かにベルトがねじれていて、ベルトの裏地の茶色い部分が見えていた。なんで気が付かなかったんだろう。

「あ、サンキュ。確かに俺抜けてるかも。」
自嘲の意味も込めて少し笑ったが、鈴木は真面目な顔を崩してくれなかった。
「いやさ、高橋が抜けてるとか抜けてないとかじゃなくてさぁ。なんか夏休み始まってからお前ずっと変だよ。その笑顔だって何となく嘘くさいし。話しかけてもよそよそしいし。お前、何かあったろ。」

「別に。何も無いよ。」
鈴木は ふぅ、と大きなため息をついた。「何かあった奴はみんなそう言うんだよ。別に、ってさ。いや、話したくなかったら無理して話さなくていいけど。」鈴木は窓の方へ歩いていって、雲一つない青空を見上げた。「何かやばかったら俺に話してよ。お前にはけっこう恩あるし。その、姉ちゃんのこととか。」

鈴木らしくないセリフに少し戸惑ったが、鈴木本人の方はなんだか居心地が悪そうだった。その証拠に窓の外を見たまま、俺に背中を向けたままだ。
「時木、か。鈴木さ、時木の葬式の時、どういう気持ちだった?やっぱすっごく悲しかったんでしょ。」
「いや……。別に悲しくはなかったな。まだガキだったのもあると思うけど。もう会えないんだ、っていうことが分かってるようで分かってなかった。まぁ、お前のおかげで六年ぶりに会えたけどさ。」
「ふーん、そうだったんだ。」

六年ぶりに会えた、か。そうか、時木はあのとき幽霊としてこの世にまだ居たんだった。じゃあ、拓哉もまだどこかにいるのかもしれない。だったら、探したらまたどこかで会えるのかもしれない。

「そうだ、俺、用事思い出したからもう帰るね。」
そう鈴木に言って、急いで靴を履いて外に出た。でも、居るとしたらどこに居るんだろう。拓哉が普段よく行っていた場所なんて俺には見当もつかない。
とりあえず、校門まで歩いていると、遥か後ろの方から鈴木の声がした。

「ッ、高橋!」
振り向くと、靴も履かずに靴下のまま、鈴木が部室から飛び出してきていた。「あのさ、あのさ……!明日も部活来いよ!!」

あまりにも鈴木が焦った顔をしていたので、思わず笑ってしまった。
「うん、わかった。わかったってば。 どうしたんだよー、そんな焦った顔しちゃってさ。じゃあまた明日ね!」

できるだけ明るく笑って、大きく手を振ると、安心したのか鈴木はああ、と生返事をして部室に戻っていった。

Re: 小説カイコ ( No.121 )
日時: 2012/07/26 19:43
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: あと夏休み終了まで10日か…誰か宿題やってよ。

              ◇

「俺さ、任史の家に生まれたかったなぁ!」

キラキラと、眩しい雨粒がたくさん降った日。
六月。もう小学校に入学してから二か月が経っていた。学校からの帰り道、拓哉が家の鍵を忘れたと言うので僕の家に遊びに来ていた。拓哉と弟の大季と僕の三人でトランプをしていると、急に拓哉がそんなことを言い出したのだ。

「なんで? 拓哉ん家はいっぱいゲームあるじゃん。僕んちより絶対楽しいよ。」
ちなみに僕の家にはゲーム機というものがおよそ一台もない。そんなに欲しいとは思わなかったのもあるが、お父さんが買わない主義だったのだ。

「だってさ〜、任史も居るし大季もいるしさぁ!夜までみんなで遊べるよ。」
「ああ、成程。いいかもね。」
「じゃあ、たかし とたくや君こうかんこしようよ!僕そっちの方がいい!」大季が右手をピーンと立てて提案した。「たくやくんが兄ちゃんの方がいい!」
大季の提案に僕も拓哉も思わず笑ってしまったが、大季はけっこう本気で説得し始めた。まぁ、僕も拓哉も笑って流して、マトモに相手にはしなかったけれど。
それから、ババ抜きを何回かしたらあっという間に六時になっていた。お母さんが「拓哉君のママ、心配してるんじゃない?」と言ったので、拓哉は家に帰ることにした。大季が「帰らせない!」と玄関で通せんぼしたが、すぐにお母さんに負けてしまった。

僕は拓哉の家まで拓哉を見送ることにした。ついて行っていい? と、拓哉に聞いたら拓哉は嬉しそうにオーケーしてくれた。

「もう夜の六時過ぎたのに随分明るいね。」拓哉が雨雲の去った空を見上げながら言った。
「げし、って言うらしいよ。今日は一年で一番太陽が沈むのが遅い日なんだって。」
「へぇ〜。やっぱり任史は頭いいや!何でも知ってるんだね。」拓哉が感心したように言った。まじまじとそんなことを言われると、少し、照れ臭い。

拓哉の家に着いた。拓哉が玄関のベルを押した。ピンポーン と響きのいい音がしたがベルに答える声は無かった。

「あれれ。ママやっぱり帰ってきてないのかな。」拓哉が不安そうにつぶやいた。
「いつもは何時に帰って来るの?」
「えっとね、ママのお仕事が終わったら。」
「それって何時?」
「えっと……えっとね、十時ぐらい。」

びっくりした。僕のお母さんはいつも昼過ぎにはお仕事が終わって帰ってきている。お父さんだって七時には帰ってくる。それじゃあ、拓哉は夕ご飯をいつ食べているのだろう。

「今からあと四時間もあるじゃん! だったらそれまで僕の家に居ればいいよ。」
そう言うと、拓哉はびっくりしたような顔をした。「本当に、本当にいいの!?」
「いいよ!前だって違うお友達が泊まっていった事があったんだ。だから十時までなんて全然大丈夫だよ。きっとお母さん許してくれる。それに大季も喜ぶと思う!」

そういうことで、今来た道を戻って、また僕の家に着いた。お母さんに事情を話したらお母さんはいいよ、と言ってくれた。それに大季がハンパなく喜んでいた。
それから七時にお父さんが帰ってきて、五人で夕ご飯を食べた。なんだか拓哉が本当に兄弟になったみたいで、嬉しかった。

「俺、やっぱり任史の家に生まれたかったなあ!」
大季が さんせー!さんせー! と元気よく叫んだ。僕も本当にそうなればいいのになあ、としみじみ思った。


               ◇

「えー、次は我島岡駅ー、我島岡駅ー。枝眞方面お乗換えのお客様は、三番線にて五十七分発の……」

目が覚めた。どうやら俺は電車の中でいつの間にか寝ていたらしい。もう次の駅で我島岡か、早いな。
夢を見た。確かあれは小一の時、拓哉が鍵を忘れて家に入れなかった時のだ。結局、十時になっても拓哉のお母さんは帰ってこなくて、拓哉は俺の家に泊まっていったんだっけ。

ふと、車窓の向こうを眺める。
電車の窓から見える風景は、青空と、どこまでも続く田んぼの風景だ。
いつも見ている風景のはずなのに、なんだかとても懐かしく感じた。

なんでだろう、と考えていたら答えはすぐに分かった。学校までの道のりで、千葉駅までのここの区間は眠っているからだ。だから、ここの風景は脳裏に残らない。……身近な地域の田園風景が記憶に薄くて、遠く離れた東京のゴミゴミとした都市風景の方が記憶に濃く残っているなんて、よく考えたら変な話だ。

「身近なものほど忘れやすいんだ。」耳元でカイコの声がした。まるで俺の心を見透かしたようなセリフに少しドキッとした。「身近なものはね、身近であるがゆえに普遍となってしまうんだ。僕だって、高橋だってそう。例えばさ、昨日食べた晩ご飯はよく思い出せないけど、自然教室で作ったカレーとかは調理中のことまで覚えてたりしない?」

「あはは。そうだね、確かに覚えてる。俺は野菜の皮を剥く係だった。」
「そうそう、そんな感じでね。でもね、人が一番大切にするべきなのは、遠いものだったり、特別なものだったりではなくてね、一番身近で、一番普通のことなんだよ。その証拠に、いざというときに一番恋しくなる記憶は、一番身近で、一番普通だった頃の記憶なんだ。」
「へぇカイコ、今日はいつになく哲学的だね。何かあったの?」
軽い気持ちで、カイコに聞いたら、カイコは真面目な声で俺の質問を返した。
「何かあったのは高橋の方。これからいろいろあると思うけど、自暴自棄にだけはなっちゃダメだからね?高橋はそれでもカイコマスターなんだからさ。」

カイコはそういうと、また繭の中に戻っていった。


Re: 小説カイコ ( No.122 )
日時: 2011/08/22 22:57
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 86FuzJA.)
参照: あと数学と古典と現文と地理とOCと生物と倫理が終わってないw

駅に着いて、夏の日差しに照らされた商店街をチャリで走ること数分。俺は小学校を目指していた。

我島岡市立我島岡小学校。


どこにでもある普通の地方公立の学校だ。ちょっと違うところがあると言えば、公民館と隣接していることくらいだろうか。校門をくぐると、蝉が煩いくらいに鳴いていた。
目的は拓哉に会うことだったはずだが、なんだかすっかり冷めてしまった。みんながみんな幽霊になるわけじゃないし、特にあの拓哉がこの世に執着があるようには思えないし。

でも、なんとなくこのまま家に帰る気もしないのだ。

あてもなく校内をぶらぶらと歩いていると、グラウンドの方から子どもの声が聞こえてきた。
グラウンドに行ってみると、地元の少年サッカーチームが黄色いユニフォーム姿で練習をしていた。監督と思われる若い男の人が大声で号令を出しながら、ダッシュ練習をさせている。
小学3年生の低学年までが入れるサッカーチーム。俺は喘息持ちだったから入れなかったが、確か拓哉は入っていた。その甲斐あってか、拓哉は足が速くて学級対抗リレーの選手には毎年選ばれていた。

なんとなく、サッカーの練習が見ていたくなったので、公民館の屋上まで上がることにした。普段なら絶対こんなことしないのにね。……鈴木の言うとおり、俺は少しやばいのかもしれないな(笑)

公民館の屋上に着くと、風が強く吹いていて、思ったよりは暑くなかった。その風に吹かれて、一人、白い服を着た女の人がグラウンドを見下ろして立っていた。てっきり先客は居ないものだと思っていたので少しびっくりした。

「あ、任史くん?」
振り向いた女の人は見た目30代後半で、目の下に濃いクマがあった。……拓哉の、お母さんだ。

「……こんにちは。」
「この前はお葬式に来てくれてありがとうね。」いきなり、こちらが一番避けたかった話題を振られた。「小さいお葬式だったから……きっと拓哉も任史くんが来てくれて嬉しかったと思う。」

「そうですか。」
昔から、俺はこの人が好きになれなかった。なんとなく人を見下している感じがあるというか、偉そうというか。

「じゃあ、俺はこれで。」 これ以上、この人とは同じ空間に居たくなかった。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!」階段を降りようとした俺を、拓哉のお母さんの甲高い声が止めた。「任史くんはどうしてここに来たの?」

「特に意味は無いです。ただ何となくサッカーの練習が見たくなったから、それだけです。」
「じゃあ、どうして小学校に来たの?」

「別に、」だんだん、繰り返される質問に腹が立ってきた。「どうだっていいじゃないですか。じゃあ、なんで拓哉のお母さんはここに居るんですか。……お互いの事情なんて関係ないんだから、もう探るのは止めてください。」

すると、拓哉のお母さんは急になだめるような優しい声になった。
「あたしは、拓哉に会いに来たのよ。ここなら会えるんじゃないかと思ってね。きっと任史くんもそうなんでしょう?」

「別に、そんなんじゃ…」
「隠さなくてもいいのよ。私には分かるんだから。」長い茶色の髪の毛をクルクルといじりながら話し続けた。「それとさ、任史くん、私のこと嫌いだよね?」

いい加減、この人はこれでも大人なのだろうか。
「ええ、嫌いですよ。その偉そうな態度も大人げないしつこさもね! 拓哉もよくあなたの愚痴をこぼしていましたよ!」


「私も、任史くんのこと大っ嫌い。」
「な……」

拓哉のお母さんはハイヒールの音をコツコツと、鳴らしながら屋上をぐるりと歩き始めた。「拓哉ね〜、あの日、任史くんが病院に来てくれたでしょ? それで、任史くんが看護婦さんと言い争ってる時、一瞬だけど意識を戻したのよ。きっと任史くんのバカでかい声で起きちゃったのね。」

歩みを止めて、拓哉のお母さんは空を見上げた。「そしたらね、拓哉ったら私の顔見て、任史、任史、って呼ぶのよ。そりゃ任史くんの声がしたんだから私のことを任史くんだって思ってもしょうがないだろうけど。………あの子、私がどんなに呼びかけても起きなかったクセに、任史くんの声じゃすぐに起きたのよ? 私、悔しくて悲しくて。耐えられなくなっちゃって、病室から飛び出してしまった。」

拓哉のお母さんは自嘲っぽくアハハハハ、と笑った。「まぁ、拓哉は飛び出して行った私を見て、任史くんに逃げられたと思ったでしょうね。結局、あの子は一人で死んだのよ。親友に裏切られたと思ってね。まったく、いい気味だわ。」



ガシャン


本当に、腹が立った。この人は、一体どこまで自分勝手なのだろう。


気が付くと、俺は拓哉のお母さんの襟首を掴んで、屋上のフェンスに押し付けていた。フェンスの擦れる金属音がガシャガシャと響いた。

「殺してよ。」拓哉のお母さんはふざけた笑い顔のまま言った。「突き落とすなり、首絞めるなり。好きにしていいからさ。」