コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.140 )
- 日時: 2012/08/11 23:38
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
呆気に取られて、何も言えないままに、土我さんの暑苦しいコートを羽織った後ろ姿を見送った。
それからは自習室に一人、菓子箱に詰まったひよ子と一緒に残されてしまった。
「輪廻、ねぇ。」
そういえば何で土我さんと会うことになったんだっけ。あ、ぐるぐるの話でか。きっとカイコは輪廻での魂の循環のことをぐるぐる回る車輪のように捉えたんだろう。うーん、でも、あの拓哉がそういうことを言いたかったとは考えづらいなぁ。
に、しても。土我さんにまで心配されてしまった。そんなに俺はやばそうに見えるのだろうか。確かに、精神的にくるようなことはあったけれど、みんなが心配してるぐらいには俺は病んでない。ちょっと自分でも信じられない話だけど、あんまり悲しいとか、苦しいとか、そういう感情が生まれないのだ。案外、俺は自分で思っている以上に冷たい人間なのかもしれないな。
「はぁ……」
溜め息をついて、右手の鶴を眺めた。この鶴一体どうしよう。
それから、ひよ子の紙袋を片手に、家に帰るともう夕飯ができていた。誰かが食べてくれるだろうから、ひよ子をリビングに置いて、部屋に戻った。そろそろいい加減に勉強を始めないとやばい。
そう思い立って、古典文法のテキストを広げた矢先にいきなり部屋のドアが開いて弟の大季が入ってきた。
「おい、任史!」
部活の恰好のまま、勝手に人の部屋に入ってきた。軽くイラッとくる。「なんだよ勝手に入んなよ。」
すると大季は俺の机をバンッ、と叩いた。
「俺の、俺の部屋に、変な芋虫がいるんですけど! あれ絶対この前お前が連れてきたやつだよ!!」
「は?」
「だから白い芋虫だよ! この前任史の肩に乗ってたやつだよ!!」
やば、カイコのことか。そういや筆箱にいたはずなのに居なくなっている。
「ちょ、お前まさか潰してないだろうな。」
「あんなん潰すかよ! べちゃってなったら余計キモイじゃんか。何でもいいから早くどうにかしてよ。」
ギャーギャー騒ぎ散らかす大季を置いて、隣の部屋に行くと成程、ハンガーに掛けてあった大季の中学のブレザーにカイコがくっついていた。確かに最初、俺も制服にカイコがいた時は相当びびったし……大季がこんなに騒ぐのも無理ないか。
「ああ、ほんとだ。ごめん。」カイコをブレザーからできるだけ優しく引き剥がして、大季の部屋を後にした。後ろから それもしかして飼ってんの!?任史キモッ! とか罵ってくる声が聞こえるが、気にしないことにしよう。
ドアを閉めて一息つくと、カイコが申し訳なさそうに話し始めた。
「ごめんね高橋。僕ったら、また蛾になりそうになっちゃって。ちょっと外の空気を吸いに行こうかと思ったら、ここの窓は閉まってたし、しょうがなく弟さんの部屋に行ったんだけど……見つかっちゃったよ。」
かなりカイコの元気が無さそうだ。「ああ、そうだったのか。ごめん、これからは窓開けとくね。」
「ううん……。気にしないで。こっちこそ迷惑かけたね。」
そう弱々しく呟くと、カイコは空中から現れた繭の中に入って行ってしまった。
ちょっと前も、カイコが蛾になりそうになっていた。一体なんなのだろう。具合が悪いのだろうか。そもそも、どうしてカイコは蚕なんだろうか。
「ねぇ、カイコ、」
繭に向かって話しかけると、うん? と答えるくぐもった声が繭の中から聞こえた。
「やっぱり、わからなかった。拓哉のぐるぐるについて。」
「そっか。でもどうだった?少しは参考になったでしょ。」
「う……ん、まぁね。それでさ、話が変わるんだけど俺明日からの四日間、陸上部の合宿なんだ。それでどうする?カイコ最近体調悪そうだしさ、一緒に来る?それともやめとく?」
しばらく間が開いた。カイコはどうするか考えているらしい。
会話が途切れると、隣の部屋から大季が流している何だかよく分からないロックの歌詞がはっきりと聞こえてきた。さっきからOh! Death!!Dark!! とかしか歌ってないような気がする。あいつは一体どんだけ変なグループの曲聞いているのか。
「えっとね、高橋、」カイコが繭から顔だけちょこっと覗かせた。
すると、 Wow, wonderfull tonight!! と隣からスピーカー越しに絶叫する声が聞こえた。こっちが恥ずかしくなるから止めて欲しい。
カイコはその絶叫にちょっとびっくりしてから、言葉を続けた。
「一緒に行くに決まってんでしょ?」