コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 小説カイコ ( No.186 )
日時: 2012/08/08 00:15
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: あ、日が変わってもうた(笑)

「へぇ〜 そんでお前は明日からルンルン東北旅行でちゅか。いい御身分なこって。」

昼休み。久々に鈴木と弁当を共にした。
何を考えたのか奴の提案で屋上で食べることとなった。十月と言えどもまだやっぱ暑い。その証拠に俺も鈴木もワイシャツだし、屋上で見る太陽はいつもより数倍ギラギラ光って見える。

「別にいいだろ。しかも遊びに行くわけじゃないんだよ。」
「神子さん、だっけ?それってさ、一体何やんの。」鈴木が某激安店のカレーパンの袋を破きながら言った。

「よく知らんけど。でっかい木の周りで何かやって水かけて終わり。それだけのために俺は明日八時間かけて山形へ行く。」
「8時間!? そんなに時間かかるもんなんだ。つーかお前一人で行くの?」
カレーの匂いがふんわりと風に乗ってきた。「まぁ…俺んちから千葉まで1時間かかっちゃうからね。行く時は一人じゃないけど。てか一人じゃ絶対ムリだ。」
「じゃあ親と?」
「いや、」 なんかヤバいな。
「兄弟とか?」
「……や、同級生と……」

「へー、誰だれ?俺の知ってる人?」鈴木はもう一個目のカレーパンを平らげて、二個目の袋に手をかけていた。
「えっと、知らない人だと思うな。」

「誰だよー何だよ引っ張るな、言いにくい人なのかな?」
「別に。言ってもどーせ分かんないよ。」 ケラケラ笑う鈴木を無視して、弁当のフタを開けた。あ、箸が無い……

「言えよ。どーせ俺の知らない人なんだろ?じゃあいいじゃんか。」
「む。」ああ言えばこう言うとはコイツのことか。「柚木と柏木って人。ね、知らない人でしょ?」

鈴木は えっ、と声を挙げた。「柚木?下宿先の近所だわ。それとさお前、何気なく言ってるけど、俺が覚えてないと思ってるのか? 柏木ってこの前好きだ、って言ってた子っしょ。ちゃーんと覚えてましゅよ〜」

なんだろう。ここ最近、自爆することが多いような気がする。

「はぁ…鈴木は記憶力がいいんだね。」
「そんくらいフツーに覚えてるわ。まぁそれ以上は追及しませんけど。勝手にリア充してろや。」そう言うと、鈴木は三個目のカレーパンに手をつけた。

「やめろよ。そーゆーの柏木に失礼だから。」 ところで、箸ナシでどうやって食おう。
「へへへ、いいよいいよ。青春だねぇ、応援するよ〜」鈴木が面白そうに笑った。


その時、背後の階段を誰かが昇ってくる音がした。コンコンコン、と階段をリズムよく駆け上る音が屋上に小さく響いた。
誰?と思って振り返るとあろうことか杏ちゃんだった。
「ここに居たのかー、高橋君やっと見つけたよ。ちょっといいかな、一分くらいで終わる話だから。」少し、鈴木に謝るような形で杏ちゃんが聞いた。隣に座っている鈴木はニヤニヤと笑いながら肘で俺の脇腹を突いてきた。「どうぞー、高橋君はどーせヒマ人ですから。」

「あははは、そんなこと無いでしょ。えっとそれで、明日のことなんだけど、京成線で行こうか、って柚木君のお母さんが言っててね。京成で上って上野で新幹線に乗り換えると、山形まで一本で行けるらしいんだ。その後は左沢線に乗り継いで駅に着いたらそれぞれ各自行動、って感じかな。」
「あっと……えっと……、ごめん、よく分かんないや。」
「うん、私も!」杏ちゃんがアハハ、と明るく笑った。「お互い無事に辿り着けるといいね。」

「あ、うん。」どうしてか、だんだんと上手に会話が返せなくなってしまう。「じゃあ駅前集合…だ、よね?」
「そう、明日の六時ぴったりに集合ってことで!」そう言うと、杏ちゃんはじゃあねー、と言って階段を下りて行った。

はぁ。杏ちゃん本人を目の前にするとしどろもどろになって口が回らなくなってしまう。こんな今の自分を打破したい……。

「いいなー高橋。うらやましいぞ。」
鈴木のニタニタ顔がムカつくが、気にしないことにしよう。

Re: 小説カイコ ( No.187 )
日時: 2011/11/27 22:03
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)

「じゃ、俺はこれで。」言いながら、鈴木は食べ終わった三個目のカレーパンの袋を丸めた。「エンジョイして来いよー(笑)」

鈴木の後ろ姿を見送ると、抜けるような晴天の下、屋上に一人取り残された。
「ふぅ……。」ところで、マジでどうやって弁当食おう? この際誰も居ないし犬食いでもいいかな。

そんなことを考えていると、膝元で声がした。「ねぇ、高橋。」
「あ、カイコか。」…誰も居ないわけじゃなかったね。
「うん。山形ってとこに旅行に行くの?」

暖かな風に乗って、目の前の空に雀が二匹、チチチ……と鳴きながら弧を描いた。「そう、山形。ここよりもっともっと北のほうでね。あ、出羽って言ったら分かるかな。」

「出羽、」カイコが考え深げに呟いた。「えっと、最上の川はある?」
「最上川のことかな。あるよ。」
「そうかぁ!じゃあ羽前国だね、きっと戸沢様のところだね!」カイコが声を弾ませて言った。「新庄藩だよね!」

「新庄藩…?ごめん、俺分かんないや。」
「じゃあ瓜谷は?神蟲は?」
「おおっ、二つともビンゴ。俺が行く方が神蟲で、さっきの人が行くのが瓜谷だよ。へぇ、カイコも知ってたんだ。案外有名な地名なのかな。」

「有名も何も、」カイコが嬉しそうに言った。「僕の生まれた場所だよ!わぁ嬉しいな、もう何年振りに行くんだろうなぁ?」
「そっか。そりゃ良かった。」

嬉しそうにはしゃぐカイコを見ていると、何だかこっちまで嬉しくなった。偶然に偶然が重なる、とはこのことを指すんだろう。まさか両親の出身地が杏ちゃんや柚木君、さらにはカイコとまで繋がるとは思ってもみなかった。
今朝まではだるく思っていた里帰りも、案外いいものかな、と楽しみになってきた。


—————————————————————————————————————


放課後、明日の朝は早いので部活は休んで真っ直ぐ家に帰った。
七時限目の授業が終わってすぐに学校を出たのに、地元の駅に着いた頃にはすっかり日は沈んで、外は真っ暗になっていた。

誰も居ない改札を出て、駐輪場へと向かっていると何か違和感を覚えた。
何だろう、と少し疑問に思った。

ふと、辺りを見回す。駅の裏の駐輪場へと続く、この細くて暗い道には前にも後ろにも俺以外の人影は一つも見当たらない。耳を澄ますと、遠くで踏切のサイレンが、カンカンカン…と寂しげな音を立てていた。

「なんだろ、この前飯塚から借りたホラー小説の影響かな。」
少し、自嘲の意味も込めて笑ってみたが、虚しくなるだけだった。一人っきりの夜の路地に、自分の声が消えていく。

黒い空には月も出ていない。
背後から吹く、生温かい風が嫌な感じに頬を撫でた。気が付くと、寒くもないのに鳥肌が立っていた。さすがにこりゃヤバいぞ、と思って早歩きに駐輪場に向かった。

駐輪場に着くと、これまた誰も居なかった。おかしい。いくら田舎だからと言っても、ここまで誰にも合わないのはさすがに変だ。
けれどもここに長居する方が何だか気味が悪いので、さっさと自転車のある方へ向かった。地面のコンクリートを叩く自分の足音が、建物の中、ありえないぐらいによく響いた。

チャリを見つけて、ズボンのポケットから鍵を出そうとした。けれども一緒に入っていた携帯電話が邪魔をしてなかなか鍵が出てこない。ヤケになって鍵のストラップを無理矢理に引っ張ると、勢いのあまり鍵を落としてしまった。鍵はちゃりん、と音を出して地面に落ちた。

拾おうとして、急いで腰をかがめると、




「ほら、鍵、落っこちちゃったぞ。」



真後ろで、人の声がした。男の声だ。
冷たい汗が、背中を伝う。

変だ、だってさっきまで誰も居なかったのに ———

首筋に、生温かい風が当たった。
鳥肌はさっきよりひどくなっている。



「ほら、鍵、落っこちちゃったぞ。」


再度、男の声がした。
振り向かなきゃいいものを、俺の体は半ば勝手に後ろを振り向いていた。



「……え」

誰も、居ない。
俺の後ろには無機質な灰色のコンクリートの地面と、その上にぽつねんと鍵が落ちているだけだった。

ぞわり、と寒気が全身を泡立てる。
すぐに鍵を拾って、鍵穴に差し込み、自転車に跨って漕ぎ出した。可能な限りスピードを出して、家を目指した。

Re: 小説カイコ ( No.188 )
日時: 2011/12/03 22:20
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 右横に出る楽天の広告にひよ子とkaico両手鍋が出てるw



               □

 
  弘化二年 夏


    深き深き奥山 出羽の里 
        嗚呼、瓜木の茂りしかの谷よ


    時知らぬ高き山々その嶺に、
            朝に夕に白き霧をば降りさしむ




               □





……蟲神神社でのお祭りがあった夕暮れ。
   僕は初めてカイに出会った。


弘化二年、夏
今は遠い夏の日、たぶんあれは一目惚れだったと思う。
初めての恋愛が一目惚れだなんて、恥ずかしいことこの上無いけれど、しょうがないと思う。だって好きになってしまったのだから。

弥助が言うには、僕は単純者らしい。まぁ、それ自体は格別悪いことでもないし、カイの方が僕よりもっともっと単純なので別にいいと思う。

「どげんした、太一。勝手に顔が笑ってんぞー。」弥助がやれやれ、と小馬鹿にしながら言ってきた。
「え、そうかな?」
カイと出会ってから毎日が、楽しかった。草を刈るだけの日々も、今までとは違った色合いを帯びていた。

カイは、どうした訳か木の実が特に好きだった。
それで僕はカイの喜ぶ顔が見たくて、いつも神蟲村に行く途中の道で、綺麗な色や面白い形をした木の実をたくさん集めて持って行ってやるのだった。

雨が降った日は空を恨んだ。
陽が沈むと太陽を悔しく思った。

陽が沈む前には、絶対に村に帰らなくてはいけない。
なぜなら、神蟲村と瓜谷村の間に流れる川には、夜になると人食い鬼が出るからだ。

だから、日が沈み始めると、いつも僕は不機嫌になった。
「あーあ、太陽が沈まなきゃいいのに。ずっとお空に出ていればいいのになぁ。」まるで小さいガキみたい駄々をこねると、カイがそうだね、と相槌を打った。
「でも、ずっとお天道様が空に出てたら、」カイが夕焼けで真っ赤に染まった、遠くの山を眺めながら言った。「お空はずっと青いよね。」
「? うん、きっと青いと思う。」
「私は、青いお空よりも赤いお空の方が好きだな。……ううん、違う。青いお空が嫌いなの。」

ちょっとびっくりした。空と言ったらやはり青空だろう。「どうして? どうして青いお空が嫌いなのさ。昼の方が人も、鳥も、川も、みんながみんな生き生きしているよ。」

「だって、」カイが、赤く染まった山から目を離して、僕の方をゆっくりと振り返った。キラキラと輝く綺麗な橙色の夕日が、静かにカイの黒髪を映した。「お空が赤くならないと、誰も私に会いに来てくれないから。お空が青いうちは、私はいっつも一人ぼっちだもの。」

「…そっか。」

カイは、きっと今までずっと一人ぼっちだったのだ。体がとても弱いから、小さい頃から家の外へ出してもらえなかったのだと、この間カイが話していた。

僕が昼の青い空の下で、弥助や妹と川や田んぼに居るあいだ、カイは暗い機織り部屋で一人、黙々と機を織っているのだ。
そんなカイの毎日を想像すると、なんだか可哀想な気がしてきた。

そんな考えにふける僕を横目に、カイはふふふっと笑った。「だから、私は赤いお空が好き。太一が会いに来てくれる赤いお空が好き。」

返す言葉が無くて、僕は黙ってしまった。少し照れ臭い気持ちと、カイのことを可哀想に思う気持ちとが、どうしても言葉にできなかった。会話が途切れると、烏の鳴く声が遠くからはっきりと聞こえた。

「あ、鈴。」突然、カイが僕の背カゴを指さした。「ここに付けててくれたんだ!」

「うん、だってお守りだって言ってたろ。」この前カイから貰った金色の鈴は、糸を通して背カゴに結び付けておいたのだ。残りの二つは弥助と妹にあげて、やっぱり二人もカゴに結んでいた。「友達と、妹も同じところにつけてるよ。二人ともカイにありがとう、って言ってた。」

するとカイは目を丸くした。
「私に? ありがとうって?」
「ああ、そうだよ。だってカイから貰った鈴なんだから、当たり前だろ。」

「わあっ、嬉しいな。どうしよう、ありがとうって言われちゃった!」言いながら、カイは嬉しそうに駆け出した。長い髪を揺らしながら、僕の周りに円を描きながら、跳ねまわっている。

正直、呆れる僕をお構いなしに、カイはずっと笑っている。
「カイはそんなんで嬉しいの? カイの変な奴。」
「む、太一の方が変な奴だもん。」カイが走り回っていた足を止めて、頬をぷくーっと膨らませた。その様子が可笑しくって、思わず吹き出してしまった。

「っ、笑ったな!」怒りながら、カイがぽこぽこと背中を叩いてきた。その様子さえ歯痒くって、余計に笑ってしまう。

ずっとここにいたい。カイと一緒にずっといたい。
けれど、これ以上は陽が沈んでしまう。日が沈めば、鬼が出て村へ帰れなくなってしまう。
口惜しさに眉根を寄せていると、僕の背中を叩く小さな拳が、叩くことを止めて、僕の肩をそっと掴んだ。

「もう、帰らなきゃ。」カイの小さな手を握ると、温かかった。
「明日も、来てくれる?」期待と不安の入り混じった、吸い込まれるような黒檀の、大きな瞳でカイが聞いた。


「うん。明日も明後日も。それからもずーっと会いに来るよ。約束だよ。」

それから、約束の指切りをした。
じゃあね、と手を振ると、カイがちょっぴり泣き出しそうな、けれども嬉しそうな顔で、またね、と手を振りかえしてくれた。


Re: 小説カイコ ( No.189 )
日時: 2011/12/11 22:18
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 昨晩書いたのに、寝落ちてうpできんかった(笑)

              ◇

「高橋くーん、こっちこっち!」
杏ちゃんの高い声に呼ばれて、朝の改札を急いで通る。

午前六時。まだちょっとばかり肌寒い駅に、俺たちは集まった。
服装をミスった、と心底思った。杏ちゃんも柚木君もばっちりキメてきている。ジャージでいるのが恥ずかしい……
そんな俺の心中をお構い無く、柚木君が 陸部のジャージ格好いいね、なんて言って来たもんだから恥ずかしいことこの上ない。

しばらく電車に揺られて、上野で新幹線に乗り換えた。数年ぶりの新幹線に、高校生にもなってちょっと興奮した。
それからは特に話すこともなく、みんなでぼーっと車窓の向こうを眺めていたりした。
東京の高層ビルが林立する都会風景が過ぎ去ると、だんだんと緑が多くなってきて、山がちな地形が目に止まるようになってくる。そろそろ栃木過ぎて福島らへんかな、と杏ちゃんがポツリと呟いた。

「わー、やっぱ山ってデカいんだね。俺久しぶりだ、山見るの。」どーんと、いくつも大きな山がそびえ立っていた。
「そうだね、千葉じゃ山見えないもんねー。」杏ちゃんが頬杖を突きながら言った。「もうちょっと行けば紅葉とか見れるかな。」

紅葉……そういえばもう十月か。いつの間にか、すっかり秋になったもんだ。ついさっきまで蝉が鳴いていたような気がするぐらいなのに(笑)
何となく、携帯を開くとメールが10件も入っていた。普段メールなんてマックから来るくらいで全然来ないもんだから、けっこうびっくりした。誰からかと思ったら、全部鈴木とほっしーと、飯塚からだった。

“鈴木国由:よぉリア充、もう山形着いたか?(^ω^)”
“田中誉志夫:柏木さんと一緒なんだって!? 高橋意外とやるじゃん!がんばれ〜!”
“飯塚一弥: お 土 産 よ ろ し く ☆ ”
“飯塚一弥:あ、ちなみにお土産は白い恋人がいいな。”
“飯塚一弥:スマン、あれ北海道か。 じゃあアレだ、ひよ子でいいや。ひよ子”
“飯塚一弥:やっぱひよ子は取り消し。俺まりもっこりがいい。”
“飯塚一弥:あ、張先輩はひよ子食べたいって。やっぱし俺もひよ子でいいや。”
“鈴木国由:小久保がリア充爆発しろだってさ。笑。”
“飯塚一弥:津田Tマジ鬼。今からビルドだって、萎えー(´Д`川”
“飯塚一弥:そーいえば山形って菊食べるって本当?本当だったら写メ頼む♪”




……(-゛-;) まさかのメール攻撃。

携帯の画面を見て唖然としている俺の脇腹を、隣に座っている柚木君がちょんちょん、とつついた。「……外。」

「え、外?」
言われるがままに画面から目を離して、車窓を見た。




紅。

思わず息を飲んだ。
今まで見たことないくらい、山々は鮮やかな色で染まっていた。抜けるような秋の晴天に、よく映えている。こんなに綺麗な紅葉を見たのは初めてだった。
ところどころに、紅の中に黄色というか、それよりももうちょっと濃い山吹色の木がいくつか混じっていて、本当に綺麗だった。……夏は緑色だったあの葉っぱが、秋になるとこんな鮮やかな色になるのかと思うとちょっと不思議な気分だ。知識としては知っていたけれど、本物を見るとかなり圧巻だった。

「うわぁ、綺麗。」杏ちゃんが窓に額をくっつけて言った。「私、こんな綺麗なの初めて見た。」
カシャ、と音がして柚木君が紅い山を写真に撮っていた。「うん、すごいね。カメラ持ってきてよかった。」

柚木君に続いて、俺も携帯のカメラで撮った。何となく誰かに見せたくなったので、別に菊じゃないけど飯塚に送ってやった。

Re: 小説カイコ ( No.190 )
日時: 2011/12/15 00:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 今んとこ赤点ゼロ\(^o^)/

そして来る山形。予想以上に山だらけだった。

「ふぅ…やっと瓜谷か……」

山形駅に着いた時には既に傾き始めていた陽が、やっと瓜谷に着いた今では、更に傾いて、オレンジ色の柔らかな光を放っていた。
駅のホームを下りると、ほぼ無人のロータリーに白いワゴン車が一台泊まっていた。

「おーい、任史ぃ。」ワゴン車の窓から、数年ぶりに会う衣田さんの笑い皺の多い顔が覗いた。
「あの人が衣田さん?」杏ちゃんが小さい声で聞いた。「じゃ、ここで一旦お別れだね。私たち二人とも明日のお祭り行くから、そこで会えると思う!」

二人にお別れを言い、衣田さんの運転するワゴン車に乗せてもらった。
「いやー、遠いとこんからはるばる申し訳ないねぇ。そういや任史もういくつだっけが。」
「16才です。高1。」
「へぇ、高1!」衣田さんが大きなあくびをしながら言った。「さっきのお友達もか?」
「ええ。あ、そういえば俺の隣に居た男子、柚木くんっていうんですけど。お兄さんの名前が柚木達矢さんなんですよ。」
「お、由紀子の旦那かぁ!そういやあ、似てたかもな。」バックミラーに映る目尻が、幸せそうな横皺を作っていた。「ごめんなぁ、由紀子が結婚しちまうからよ、任史に迷惑かけちゃってよ。」
「いやいや、俺どうせ暇人なんでむしろありがたいです(笑) それにしばらくこっちに来てなかったし。」

ワゴン車はいつのまにか、舗装されたコンクリートの道路を過ぎて、小刻みにガタガタと揺れる山道に入っていた。

「でも俺なんかでよかったんですか。さっき居た女の子から聞いたんですけど、蟲神神社のお祭りってかなり歴史が長いんじゃ……」
「ああ、それなら。」衣田さんが笑いながら答えた。「別にいいんだよ。第一、明治で暦が変わったべ。そんときから、古い歴史は終わって、新しい歴史が始まったんよ。」
「新しい歴史?」ふと、窓の外を見ると、紅葉で真っ赤に染まった山が、夕日の光を受けて、もっと赤く見えた。

「そうだな……任史、今十月だろ、お前十月の異名は分かるか。」
「異名?神無月ってことですか。」一体それが、“新しい歴史”に何が関係あるのだろうと思った。
「正解。じゃあなんで神無月と言うのかは知ってるよな?日本全国の八百万(ヤオヨロズ)の神々、すなわち日本の神様全員が十月には出雲(イズモ)の国に集まる。だから出雲以外の地では神が居なくなる。よってこの季節のことを神無しの月、神無月と言う。
当然、この事実に乗っ取れば蟲神神社の神様も今頃は出雲、まぁ島根県に居るはずだ。ここまで言えば分かったかな?」

「えっと、」紅葉の赤から目を離して、衣田さんの後頭部に話しかけた。「神様の居ない神無月に、お祭りをやるのは……変、ってことですか?」
すると、衣田さんはうーん、と唸った。「変、とは違うぞ。だから言ったろ?新しい時代なんだ、新しい歴史なんだ。……昔からの神無月、って考えじゃ神様は居なくなっちまう。でも十月と考えればちゃあんと神様はそこに居るわけだ。分かるかな、神様の有無っていうのは俺たち人間が決める事なんだ。例えばだ、古代の人間があるがままの自然を見て、畏敬の念を感じた、そこに神の存在を思った。けれどそれは人間が居なかったら神様も居なかったということだ。……ほら、そういうことなんだ。」

「はぁ。」正直、話が難しい。「でも俺驚きました。神主さんがそんなこと言うなんて。」
「ははは、俺は不謹慎者なんだ。」衣田さんが豪快に笑った。「まぁ、これも新しい歴史ってことよ。」

Re: 小説カイコ ( No.191 )
日時: 2011/12/18 20:44
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: さぁ、急展開のはじまりです(笑)

だんだんと話のネタも尽きて、延々と山道を走ること一時間半。相変わらず自然たっぷりで山以外には何も見えない。
本当にいくら進んでも見えるものは鋭角の、急な山々ばかりだ。空はすっかり群青色になり、星もいくつか瞬き始めた。
『東北の冬は早い』その言葉の真意を今初めて理解した。証拠にまだ十月だと言うのに夜になった今では吐く息は白くて、指先は冷えてきた。
いつになったら衣田さんの家に着くのだろう、といささか不安になり始めると、今まで木しか見えなかった山道が急に開けて小さな集落が現れた。もうすぐだ、と衣田さんが眠そうな声で呟いた。

蟲神神社は小さな丘の上にあった。
本当に小さい神社で、赤い丹塗りの鳥居が無ければ神社だとは気付かないかもしれないくらいだった。
車を降りて、衣田さんと一緒に鳥居をくぐり、石畳の道をしばらく歩いた。周りに明かりは一つもなくて、嘘みたいな話だけど月の光だけが頼りだった。
「もうちょっとだがや。本殿の裏が家になってるんだ。由紀子が待ってるから仲良くしたってな。」鼻歌を歌いながら衣田さんが言った。

神社の裏側の小規模な森が広がっているところが衣田家だった。玄関の横で、ベージュのチェック柄のエプロンをした女の人が猫を抱きかかえて立っていた。

「おかえりなさい!」その人が片手を振った。暗くて輪郭しか分からないが、この人がきっと衣田さんの娘の由紀子さんなんだろう。
「ただいま、こちら任史君。」衣田さんが俺の右肩にぽん、と手を添えた。
「ああ、任史君!随分と大きくなったねぇ〜。最後に見たときは私よりずっと小さかったのに。」由紀子さんは笑いながら、任史君たら身長この位だったのよ、と膝らへんを指差しながら言った。「達矢さんの弟さんと同じ学校なんだって?」
「あ、もう知ってたんですか。俺、昨日それ知ってかなりびっくりしたんですよ。」
「うん、私も今さっき知ったのよ。そだ、達矢さん今うちに来てるの。」

そう由紀子さんが言うとタイミングよく玄関の扉が開いて、中から男の人が一人顔を出した。けれどやっぱり暗くて顔はよく分からない。「寒いんだし早く中に入りなよ、」その人が言った。

「はーい、」由紀子さんが返事した。「じゃ、中でゆっくりしますか。そうだ!お寿司も頼んだのよ。」
言われるがままに玄関をくぐり、居間に入った。玄関の横には緑色のビニール傘が一本立て掛けてあった。
しゃれた部屋で、部屋の真ん中には大きなテーブルと華奢なイスがいくつかあった。そのイスの一つに柚木君とそっくりな顔をした男の人が座っていた。その横に由紀子さんがよいしょ、と腰かけた。居間の明るい電気のおかげで、その時初めて由紀子さんの顔をちゃんと見た。

「……え?」
予想していた顔と随分違った。それにどこかで見たことのある顔だ。
二十歳のわりには幼い感じだが、どこか芯の強さがある大きな黒い瞳。髪はまっすぐで黒く、肩に付くか着かないかくらいのショーットカット。それにエプロンの下には山吹色のパーカーを着ていて、

それは、それはまるで。


「……時木?」





かつて知り合った、中学生の幽霊。
最後に見たのは、鎌倉の青い空の下。
鈴木の姉で、今は亡き人。




   時木 杏



由紀子さんは、時木にそっくりだった。
あり得ないくらいに、そっくりだった。