コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.236 )
- 日時: 2012/03/14 00:40
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
- 参照: テスト終わった自由だ!サイコー(`∀´)!!
それから、じきに時は明治の世となり、それから、どこか浮かれた雰囲気の大正を経て、年号は昭和へと変わった。
あれほど神仏にすがっていた人々が、あっさりと西洋機械の文明に身を委ねる様子は、見ていて何か心を不安にさせるところがあった。この国は急速に変化し華々しい発展を遂げた。
昭和七年、端午の節句を過ぎた五月二十日。僕が死んでから、八十七年が経っていた。
そんなある日、僕は、茶色のコートを着た、不思議な男に出会った。
先日にあった犬養首相射殺事件の後、帝都では何か不穏な雰囲気が漂っていた。その頃僕はと言うと、人間のパートナーを探していた。あの出来事からはや数十年、蟲神の代わりになると意気込んだものの、虫の身では何もできなかったからだ。けれどこんな姿になった今でも、探せばちゃんと僕に理解を示してくれて、力になってくれる人がいた。
今まで手を貸してくれた人たちは、老若男女色んな人たちが居たが、僕はみんな大好きだった。みんなとてもよい人ばかりで、別れるのが惜しかった。惜しかったけれど、別れるようにしていた。
その日は、五月らしい大きな白い雲が青空に浮かんでいた。緑の匂いを含んだ暖かい風は、射殺事件などいざ知れず平和に吹き渡っていた。
昼下がり、上野公園の芸術院の木陰に僕は居た。ひどく空虚な気持ちだった。前のパートナーの佐野という初老の男と別れたばかりだったのだ。
佐野は、僕のことをよく、キヨ、と呼んだ。キヨ、とは彼の一人息子の名前であり、既に三十数年前に亡くなっていた。
佐野は物静かで優しげな男であったが、およそ友人というものを一人も持っていなかった。息子と同時に妻も亡くしたらしい彼は、言いようのない孤独の果てに気が狂ってしまい、ついには虫の姿である僕を、キヨだと思い込むようになってしまった。そんな彼は、僕にとってはパートナーであると同時に救うべき存在だった。僕が彼の子どもになればなるほど、彼の傷ついた心は救われていたのだと思っていた。
しかしきっと違ったのだ。
今朝、大きな音がして目覚めた。目の前に居た佐野はどこから手に入れたのか、銃身の華奢な黒い拳銃で自分の頭を打ち抜いて死んでいた。あまりにも突然の出来事であった。
赤く濡れた畳、白い障子に付いた朱の斑点、右手に抱いた写真、力の抜けた四肢。
全てがすべて、昨日まで一緒だった友人の死の証明だった。
それから銃声を聞き付けた大家がやって来て、鍵の掛かっていない玄関を開けた。彼女は高い悲鳴を上げると人を呼び、呼ばれた人がまた人を呼び、急に周りは騒がしくなっていった。しばらくすると事を聞き付けた憲兵までもがやって来た。
僕は佐野の家を後にした。きっと今が、去るべき時なのだ。
そんなことを考えていると、目の前の日なたに誰か立っていた。今まで誰か立っていることなんか気が付かなくて、少しびっくりした。
「あれ?ごめんね、驚かせちゃったかな。」
五月にしては暑苦しい茶色の重そうなコートを羽織ったその男は、膝を屈めると草むらの中に居る僕を覗き込むようにして話しかけてきた。若い男であったが髪の色は白髪の混ざったような灰色で、更に印象的だったのが、—————— どこか人離れした、まるで遥か遠くを見ているかのような、色の薄い瞳だった。昼の日差しを受けた琥珀色の瞳に、蚕の身体をした自分の姿が映った。
「……もしかして僕に話しかけてる?」期待も込めてそう問い掛けると、その人は朗らかに笑った。
「勿論。だって君以外にここには誰も居ないじゃないか。」そして近くに落ちていた桜の葉を拾うと、僕に差し出してきた。「今暇でしょ?僕も暇なんだ。一緒にお茶でもしない?それにカイコって呼んでいい?」
あまりの彼の唐突さに、僕は佐野を失った悲しみも忘れて、思わず吹き出してしまった。「別にいいよ。それにさ、この体でお茶が飲めるとでも思ってるの?」……そう言いながら、彼の差し出した葉っぱの上に僕は乗った。
それが、僕と土我との最初の出会いだった。
世間は後に五・一五事件と語り継がれる大事件のさなかにありながら、僕たち二人は有り得ないくらいに平和な午後を送ったのだった。
苓見土我、と名乗ったその男は、人ではなかった。
彼は自分自身を外道呼ばわりしていたが、僕には彼がとても優しい人間にしか見えなかった。
お互いに同じ雰囲気を感じ取った僕らは、それからずっと青い五月晴れの空の下、お互いにお互いの話をした。なんと彼は千年以上前にこの世に生を受け、今まで生きてきて、これからも死ぬこと無く生き続けるのだと言う。
「想い人が居てね、」土我は恥ずかしそうに少しだけ頬を赤めた。「その人を待ってるんだ、ずっと。初めはほんのちょっとした行き違いだったんだ。それなのに彼女は神に心を売り、僕は鬼に心を売ってしまった。それがどんなことだったのが、どういう意味を持ってくるのか、いまだに分からないんだけど……きっと僕が馬鹿だからかな。」言い終わると土我は可笑しそうに笑った。
「ふぅん、」僕は相槌を打ちながら土我の話に聞き入った。「土我さ、神って言ったよね。神様を信じてるの?」
「さぁてね。信じてるような気もするし、信じていないような気もするなぁ。そんなのどっちでもいいんじゃない?普段会う人でも無いんだしさ。それに僕らみたいに死ぬことができない者にとってはそんなの関係ないじゃない。」
僕はびっくりした。今までそんな風に“どっちでもいい”なんて考えたことがなかったからだ。神様の存在の有無は九十年近く常に僕に付きまとう謎であり悩みでさえもあったからだ。
「……びっくりしたな。そういう考え方もあったんだね。」正直にびっくりしたことを伝えると、土我はうん、と返事をした。
「思うにさ、人って生きてれば色んな悩みとか不安や恐怖、苦痛とかがあるよね。それってさ、きっと人が死ねるから、人生の短いことを知っているから、そういうものを感じるんだよね。“死”っていう最高に怖くてどうなっちゃうか分からないような恐怖も無い僕にとってはさ、生に対する悩みも不安も無いわけ。だって永遠に死ねないのだから。
だから僕にとっては神様なんてどうでもいいの。救ってほしいだなんて思わないからね。だって何の不安も苦痛も感じないのだから。」
土我のやけにサバサバとした意見はすごいと思ったが、僕には到底できそうにない生き方だった。それに僕の寿命がどうなっているのかも僕には分からない。
「あー、なんかこんな話ばっかしてると頭おかしい人みたいだな。」土我が空を仰ぎながら言った。「カイコ、なんか楽しい話してよ。」
「いきなりそんなこと言われたって……」渋る僕を、土我は無視して話し続けた。
「なんでもいいよ。そうだな、そのカイちゃんっていう子の話してよ。もしかしたら僕にも力になれることがあるかもしれない。どうせ暇なんだ、何か助けが欲しくなったら是非僕に言ってね(笑)」
「わかったよ、もー。」
渋々ながら、僕はカイに出会った頃の話から始めた。村のこと、妹のこと、弥助のこと…… 自分の昔の話なんてするのは久々だったが、悪い気はしなかった。むしろこの不思議な男に話を聞いてもらっていると、話している間はまるで一番楽しかったあの頃へ帰れたような気さえしたのだった。
- Re: 小説カイコ ( No.237 )
- 日時: 2012/03/16 00:18
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
- 参照: まさに自由の刑だなwwwサルトルが出てきますよー
戦争が始まると、土我はどこかへ姿を消してしまい、しばらく音信不通になった。あとから聞いた話だと、土我はこの時、戸籍も無いのにあの手この手を使って満州まで飛び、さらにはドイツにまで行っていたらしい。つくづく変な男である。
僕はと言うと、その頃は茨城の片田舎に居た。そこで、なんともう会えないと思っていた妹に再会した。なんとハツも虫になっていたのだった。
「死んだときね、蟲神さまに会ったのよ。」ハツは不思議そうに言った。「太一もそうなんでしょ?たぶん思うに、私たち近いうちに人に戻れると思うのよ。」
「え?どういうこと?」人に戻る事なんて、今まで考えたこともなかった。
「うーんとね、」ハツが言葉を選びながら喋った。「私が会ったとき、蟲神さまはとにかく謝ってきてね。ごめんなさい、って。その時に言ってたんだけど、いつか力を取り戻したら絶対に私のことを幸せにしてあげるって言ってたの。」
「ふーん。」めっきり蟲神に敵意しか抱かなかった僕とは大違いだな、と心の中でつぶやいた。「でも僕にはこう言ってたよ、私たち神とは人を救えない存在なんです、って。あんまり期待しない方がいいと思うな。それで裏切られた時に傷付くのはハツなんだし。」それでなくとも、僕は土我と出会った時からあまり神仏を信じなくなっていたのだった。
「わからないなー。」ハツは穏やかに言った。「私は信じるよ、蟲神さまのこと。それで裏切られたって、別にいいもん。だって誰かを信じるって私好きだもの。どうせ裏切られるか裏切られないかなんて未来の事、誰にも分からないんだからさ、だったら蟲神様のおかげで楽しい未来が待ってるって信じた方が得じゃない?」
「……変わったね、ハツ。」こんな前向きなハツを今まで僕は知らなかった。
「うん。前に出会った女学生でね、すごく素敵な人が居たんだ。長谷川って言うんだけど、今は軍部で勤めてるの。すごいよね、女の子なのに軍に入って頑張ってるんだよ!それで、その人が教えてくれたんだ。信じる事って、待っていることって、楽しくて素敵なことなんだよって。」ハツは照れたように笑った。
「へぇー、そんなことがあったんだ。」
僕にはできないな、と思った。
信じて、待っていて、それでいて裏切られたときの悲しみや憎しみを考えると、そんなふうに信じ切る勇気はなかった。ハツや土我と違って、僕は弱いのだ。傷付いてしまうことが怖くて、もう嫌で、そんなこと絶対にできない。
◇
時は流れて平成。
物質的には豊かになったこの世界は、それとは逆に人の内面は崩れていっているように僕には見えた。少しずつ、少しずつ人間味を失い、機械的で規則正しい社会の時間にはめ込まれた人々は、本当は今までで一番不幸なのかもしれない。民主化という名の元に、果たしてみんなはより幸せになったと言えるのだろうか。職業の自由、思想の自由、身体の自由…、様々な自由を約束されて、逆に選ぶことに疲れてしまって、自由の刑の中で不幸になった人は多いと僕は思う。
そんな時、久々に土我から連絡が来た。なんでも不思議な男を見たという。それにもしかしたらカイに会えるチャンスかも知れないと。
その男を訪ねて僕は茨城から千葉へ向かった。その頃、ハツは時木という女の子の幽霊の一部になっていて、しばらく僕とは会っていなかった。人は助けたことはあったが幽霊は初めてよ、とハツは笑いながら言っていた。時木は少し強気だがいい奴で、自分のことを「カイコマスターでどう?」とか面白がって言っていた。
それで、土我から教えてもらったその男は、まだ中学生だった。受験生らしい彼は毎日難しそうな塾に通って、夜遅くに家に帰っているようだった。僕が初めて見たときは、少しガラの悪い不良っぽい友達と楽しそうに夜の駅で喋りながら歩いていた。とてもその二人は仲が良さそうだった。
土我の指差したその子は優しそうな子で、中学生にしてはやけに落ち着きのある子だった。悪く言えばあまり若々しさの感じられない、爺さんのような落ち着きである。となりで歩いている不良君のおかげでその爺臭さが一層際立っていた。
「ほら、よく見てみ。」駅のベンチに座っている土我が、その子を指差して言った。「あの子左回りじゃない?僕の気のせいかな?」
言われた通りにその子の周りで渦巻く靄のようなものをじっと見ると、本当に左回りだった。
「あ、ほんとだ……」
僕と土我の言う“渦”とは、目を凝らして見ればうっすらと見える人の時間の渦のことだ。土我は持っていなくて、僕は完全に止まっている時間の渦。生きている人間だったらだいたい右回り、つまり未来へと向かう方向へと回っている。
それがその子は違った。左回りなのだ。つまりは過去に通じているということなのだろうか。
「なにあれ、もしかしてあの子幽霊なの?」僕が言うと、土我は首を振った。
「幽霊でも右回りだよ。ありゃ過去の残像が回ってる感じで見える。」
「じゃああの子何なんだろ。」本当に不思議な子である。それに渦の逆回転以外は至って普通の子にしか見えない。
「うん。それで不思議に思っていろいろとあの子の後を付けてみたの(笑) 姿は見えないようにして後付けてたんだけど、霊感は相当強いみたいでさ、しょっちゅう勘付かれちゃった。高橋任史、って名前みたい。それであの子、夜頑張って勉強してるせいかな、よく中学校の授業で居眠りするんだけどさ、その度に意識は過去に遡ってるんだ。それも彼の生前、ちょうどカイコがまだ人だった時代までだよ?彼自身には夢として見えてるみたいだけど、僕が見る限りではありゃ完全に過去に行ってる。僕、こんなに生きてきて彼ほど完全に過去と繋がってる人間は初めて見たよ。本当にびっくりしちゃってさ、彼の夢の中まで潜り込んでみたんだ。」
「……やっぱ土我ってすごい人だったんだね。」感心して言うと、土我が思いっきり笑った。
「ありがとう。でもこれ、人の夢に潜れるなんて悪霊レベルだから(笑)まぁでもそんな僕を褒めてくれるなら嬉しいかな。
って、そんなことじゃなくてさ、それでそう、その子が過去の、どこに行っているのか調べてみたんだよ。そしたらさ、驚くなよ、出羽だった。しかもその夢の中に出てくる人がね、“神蟲村”ってしょっちゅう言うんだ。これってカイコが昔住んでた村の隣村でしょ?あの蟲神様の神蟲村。じゃあきっとあの子は何らかの形であの土地に関係があるってことだよね?そう思ってカイコに連絡したの。」
呆気に取られた僕を見て、土我が悪戯っぽく笑った。「どう?驚いたでしょ。」
「驚くっていうか……信じらんないや。」こんな時間が経ってから、こんな遠い場所で、あの村に繋がっている子が居たなんて。
「どうする?さっそく話しかけちゃう?」土我が意気込んで聞いてきた。若干面白がっているようだ。
「ううん。」僕は首を振った。「あの子受験生でしょ?話しかけたいのは山々だけど、受験が終わって、あの子が高校に慣れてきてからにするよ。頑張ってる人の邪魔はしたくないからさ。」そう言うと、土我が感心したような声を出した。
「やっぱカイコはえらいなぁー。」
それから、その子は駐輪場へと続く道を、隣の友達とふざけ合いながら、……といっても一方的にいじられながら歩いて行った。それから、角を曲がると夜の闇の中に楽しそうな笑い声を残して消えて行った。
- Re: 小説カイコ ( No.238 )
- 日時: 2012/08/25 21:45
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
- 参照: 友人の変態五人とカラオケで騒ぎまくってきたわず。
◇
「……?」
土我さんの去った神社の本殿で、一人取り残された俺。とりあえず衣田家へと帰ろうかと腰を上げたところ、ふと背後に視線を感じた。けれど、振り向いても誰も居ない。代わりに、少し湿っぽい、優しい夜風がそっと吹いているだけだった。
そのまま家に到着すると、そこには裏戸にもたれ掛るようにして柚木さんが、背中を預けた格好で携帯をいじっていた。暗闇の中で、携帯電話の画面が遠くからでもよく分かるくらいに光っていた。
俺の足音に気が付くと、柚木さんはさも当たり前、といった風にこちらに見向きもせずに、携帯電話をズボンのポケットにしまい、裏戸に手を掛けた。
「柚木さん、よかった、ここに居たんですね。」ホッとして声を掛けると、柚木さんは微かに笑った。
「ああ、高橋君こそ無事で良かったね。」その時、どうでもいい、という感じで振り向いた柚木さんの顔に急に疑問の表情が浮かんだ。「あれ……?君のカイコは?」
「えっ、ここに居ないんですか?」
「居ないよ。俺てっきり高橋君と一緒にどっか吹っ飛んでったのかと思ってた。」顎に手を当てた。「はて、どこへ行ったんだか。土我からは何も聞いてないの?」
「いえ、カイコのことは何も。それに土我さん忙しい、とか言ってどっか行っちゃいましたし……」
「ふーん。“忙しい”ね。あの超絶暇人の土我が?」柚木さんは眉根を寄せた。「変だな、まぁいっか。カイコも土我ももともと変な奴らなんだ。放っとけばどうにかなるっしょ。」
柚木さんはそう軽くあしらうと、飯だメシー、とか言いながらさっさと裏戸から部屋の中へと上がってしまった。俺もそれに続いて部屋へと上がる。
「ん?」
家の中に一歩足を入れた瞬間、全身に違和感を感じた。何と言ったらよいのか、小さな静電気が身体の中でいくつも走ったような。
「ああ、結界だよ。」柚木さんがそんな俺の様子を見てさらりと言った。「たぶん土我が親切でやってくれたんだな。あの変な青服のおっさん居たでしょ?アイツ自身は小さい羽虫の妖怪の集合体みたいな奴らしくてさ、あの羽虫一匹一匹が人の心に憑りつく邪鬼なんだって。……今、体ん中でさ、パチパチ、って何か弾ける感じがしなかった?それ多分俺らん中に入った羽虫が死んだ音ね。うわー気持ち悪っ!」
「は、羽虫ですか……。」とりあえず土我さんに心の中で感謝する。
「ああ、そうだ。由紀子たちの前ではそんな疲れた顔すんなよ。由紀子たちにとっては俺らが裏戸に出てから二分も経ってないことになってるらしいから。あーあ、寿命の無駄遣いだ全く。」言葉とは裏腹に、柚木さんはけっこう愉快そうな声音で喋っている。「まぁとりあ、飯だ。あ、出前で寿司取ったんだっけ。アナゴは俺のもんだからな、食ったら許さんぞ。」そう、柚木さんは笑いながら付け足した。
食卓に着くと、まだ寿司は来ていなかったが、みんなでぼーっとテレビを見て、しばらくするとピンポーン、と玄関のチャイムの鳴る音がした。それから四人でテーブルを囲んで、由紀子さんの作ってくれた味噌汁を啜りながら寿司パーティー(?)をした。
「明日、任史はイキナリ出番だかんな、」衣田さんが黄色いタマゴをほおばりながら言った。「申し訳ねっけどよ、朝六時から昼の三時まで特訓なー。 袴も合わせなきゃだし……お祭りは夕方四時から。で、任史の出番は七時に一回だけだから、特訓が終わった後は六時半くらいまでなら一緒に来たお友達と遊んでていいぞ。」衣田さんはそこまで一気に喋ると、タマゴを摘まんでいた箸を置いて、俺をニヤリと見上げた。「もちろん祭りの後の夜は気が済むまで遊んでていいぞ。なんだっけがな、あの達矢の弟の隣に居ためんこい女の子とかよ?誘ったれはー」
「……へ?」若干、頬が赤くなるのを感じた。俺の身体はよほど馬鹿に出来ているようだ。そんな自分が恥ずかしい。「いや、べ、別にそんなんじゃ。俺、ろくに話も続けらんないし第一そんなの柏木に申し訳ないし。きっとあの人寝るの九時とかそういう風な感じだろうし。えっとその、無理ですよそんなん。」
俺が喋り終わると、由紀子さんがケラケラと笑った。「なんだーそこまで考えてるとか、任史君よっぽど変態じゃないのよ〜。私は任史君みたいな男の子に一緒に遊ぼう?って誘われたら嬉しいけどなぁ。お祭りの屋台を一緒に回るくらいいいんじゃないの?せっかく一緒に来たんだしさぁ!」
「そんなんムリですよ絶対!」
この衣田親子はきっと俺のことを小学生くらいにしか思ってないのであろう。俺は鈴木のようなチャラ男でもあるまいし、そんな軽いノリで女子と接することなんて天と地がひっくり返るのと同じくらい不可能だ。
その時、柚木さんがトドメを差すようなことを言った。
「あー、さっき、弟にメール送ったんだけど……。」柚木さんが手に持った携帯電話をヒラヒラと揺らした。「今返信が来てさ、明日高橋氏が柏木さんと一緒に居れるようにちゃんと席を外しとくってさ。あはは、よかったねぇー高橋君?」
「ちょ、ちょ!? それ柚木君になんてメール送ったんですか。」どうやら今、俺の身の周りで最高に怖いことが起こっているらしい。
「ん?“高橋君が柏木さんとやらと一緒に遊びたいらしいからお前明日違う友達と一緒に居ろよ”って送ったけど?なんか問題あった?」
……もうやだ。
どうして俺はこんな目に遭わなきゃいけないんだ(泣)
恥ずかしすぎて、まさに顔から火が出てしまいそうだった。