コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.248 )
- 日時: 2012/04/08 08:10
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: /B3FYnni)
- 参照: 進級。クラスも出席番号も担任も変わらず。一瞬本気で留年したかとw
満月は、黒天の夜空のてっぺんまで昇っていた。
人の子が去った神社の中庭、湿った静かな微風と共に不吉な影が舞い降りた。黒い影は、白い砂利の上を音もなく、あてもなく、ただただ不安そうにそわそわと揺らいでいる。
「まあ、今晩はお客の多いことで。」
静寂そのものの神社の奥から、ふいにそんな声が響いた。やがて、本殿の奥の、暗がりの中から、小さな雲が生まれるようにそっと蟲神の姿が現れた。
「こんな惨めな姿になって。それでもなお、この地に何用があるのですか。」
たしなめるような、優しい声音が影に向けて発せられる。すると、今まで砂の上をゆらゆらと彷徨っていた黒いものは、ゆっくりと地面から離れ、ふわりと宙に浮いた。厚みの無い、影のような黒い形は、さらにゆっくりと形を変え、人の形になった。その、薄く黒い人影の頭部には、丸い穴が一つ、ぽっかりと空いていて、それはどうやらその影にとっての口であるらしかった。何となく察しは付きますね、蟲神は心の中で呟いた。多分、この影はさっきまで任史に付きまとっていた青服の鬼の残像だろう。
「最後にアンタにどうしても会いたくてね。」
影から中年の男の声が聞こえ、穴の形が発音するたびに口のように動く。影の口からは、喋るたびに青い、靄のようなものが溢れ、それに比例して影の大きさはだんだんと小さくなっていくようだった。
「最後、と言うと?」
「もう俺もオシマイさ。灰色の髪をした鬼喰い鬼がさっきまでいただろ?あいつぁ、タダ者じゃない。俺の血を美味そうに全て吸い尽くしてくれたよ。お陰様でこんな影みたいな姿になっちまった。」
「……そうですか。ではそれ以上喋るとあなたの霊気が靄となって、どんどん身体が消えていきますよ。無駄口を叩かず大人しくこの地より立ち去る事です。」
「相変わらず、冷たいことよ。」影が面白そうに揺らいだ。「もういいのさ。無様に生き延びたところで俺は所詮無力な下郎に過ぎない。だったらこうして言の葉として消えてゆく。アンタに少しでも俺の形見を残していきたいんだ。呪い言葉の形見をね。」
そこまで聞くと、蟲神は不快そうに眉をひそめた。……一体、この青い鬼は何をしたいのだろう。
「蟲神よ、俺だって元は人であったのだ。」
「……知っています。わたくしと違いあなたは人だった。」
影は、ますます小さくなっていく。一言喋るごとに、影は青い煙となって少しずつ消えてゆく。
「悔しいことよ、俺こそ蟲神の名に相応しい者であったのに。俺の化けの姿は億万の羽虫だ。田畑を荒らす、害虫の神よ。どうだ、美しいだろう?それが、何故アンタが蟲神なんだ。教えてくれ、どうしてなのだ。どうして蟲神はアンタなんだ。どうして、俺は神になれなかったのだ?」
「哀れですね。」蟲神は短く、けれどキッパリとした口調で答えた。「人の子が望んだからそのようになった、その問いに対しては何百年もわたくしはそう答え続けてきたでしょう。元々人の身でありながら神となることを望んだあなたは外道の道に落ち、ただの人喰いとなった。時には害虫の姿となり、人の子の田畑を荒らした。愚かなあなたが“特別”を望んだ結果———— それが人喰いや災厄の虫として人の子から恐れられることだったのでしょう?
わたくしだって神になど生まれたくなかった。あなたという鬼が存在したから、人の子らは苦しめられ、何者かに救いを求めた。救いを求める心がわたくしを生んだ。……そういうことです。何度も説明したでしょう。」
「467回目の説明ご苦労。」影の口が開いた。「どうだろうかね、本当に哀れなのはアンタだろ?“救いを求める心がわたくしを生んだ”だって?それはアンタの不幸な生まれを美化する言い方でしかない。アンタを生んだのは間違いなくこの俺さ。俺が居なきゃ人々はアンタを求めなかった。それくらい嫌でも分かるよな?」
「それは…」
「いいかい、確かにアンタは神様なんかに生まれたくなかったかもしれない。でもなんだかんだ言ったって、アンタはこの世界に存在していることが嬉しいんだ。この世界が大好きで、しょうがないんだ。
なのに、アンタの大好きなこの世界はアンタを神様とでしかここに存在させてくれない。思い出せよ、太一が村を駄目にしてしまった時のことをさ。人の子は力の無いアンタをさっさと見切って村を捨てて町へ出て行ってしまっただろ?信者を無くしたアンタは神として存在できず、死んでしまったのだったよな。ああ、哀れなことだね!全く!!
それからしばらくは俺の時代さ。アンタも居なくなったしこの地は最高に住みやすかった。村境の窮屈な川にはいい加減うんざりしていたんでね。」
もう嫌だ、嫌だ。無意識に蟲神は自らの顔を手で覆っていた。その仕草に調子が付いたのか、鬼はさらに言葉を続ける。
「ところが、だ。明治の幕開けと同時に少しずつこの地に人が戻り始めた。そうさ、人が村に戻った。すなわちアンタの復活さ。
俺はもちろん悔しかったよ。せっかく手に入れたこの土地が、俺が神のように君臨し完全に支配していた土地が、またアンタのものになったのだから。この屈辱は絶対に俺にしか分からない。
しかしアンタは罪負いし神だった。誰からも許されない罪を背負った太一の怨念は決してアンタを許すこと無くアンタを呪い続けた。許されない者は許されない者を生む。ああそういえば、聞いたよ?あの世で太一に 消えてしまえ! って言われたんだってね?ほんと神様失格だよな。んでもって、それでも許してもらいたいアンタは百年と数十年の間、カイの生まれ変わりを待ち続けた。それがあの任史とか言う男の子なんだろ。アンタの腹の内は分かってるぜ、カイの記憶をあの子から奪って、太一に与え、それで許してもらおう、って算段だろうが。どうだい、例の任史君は上手く騙し落とせたのかい?最近の子は賢いからさぞかし苦労したことだろうねぇ。」
言い終わる頃には、影の鬼はほとんど見えないくらいに小さくなっていた。消えるのももうすぐだろう。
「あっはは。言葉も出ないようだな、蟲神さんよ。」影が最後の力を振り絞って呪いの言葉を吐いた。「忘れるなよ。そうさ哀れな蟲神よ、アンタという神様は、——————この世で一番、不幸なイキモノなんだ。」
蟲神が覆っていた手をはずすと、指の間から、空に浮かぶ、ただただ丸い月が見えた。
もう、鬼の影は無い。白く光る砂利の庭には何も無い。
「可哀想に。彼も私もこうなるべきではなかった。」
ふいに、涙がこぼれた気がした。人外の私に涙など流せるはずがないのに。
彼が鬼になってしまったのも、どうしようもない、不幸な理由があったからなのだ。神という、“特別”な存在を望んだのも、彼が自らが呪われた不幸の身だと思いたくなかったからなのだ。死に際に、私に呪いの言葉を浴びせたのも彼が自分より不幸な者を作りたかったから。自分より不幸な者を見て、安心して死にたかったから。
全て全て、分かってしまうのだ。彼の痛い程切実に幸せを求める心が。
けれど、この世にもあの世にも、彼を幸せにしてくれる世界など有りはしないのだ。私だって、きっとそう。常に満たされない思いを抱えて、この先もずっとここで蟲神として存在するのだろう。……なんて事、ずっと前から分かっていたのに。今更鬼の言葉で、こんな悲しくなるなんて。
「私もまだまだですね。」
ふふ、と自嘲を込めて白い月に笑いかけた。その声も、優しい夜風がそっと消し去っていく。
今晩はこの月を見ていよう。
幸せを求めた青い鬼の供養も兼ねて、そんなことを一人想った。
- Re: 小説カイコ ( No.249 )
- 日時: 2012/04/10 00:47
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: kVKlosoT)
- 参照: またしばらく更新できないかもですorz
。○。
——————————— 帰ろう。
一番好きだったあの頃に。
ふと、陽の光を感じて目を開ける。
若々しい緑色の草の生い茂る、見慣れた原っぱ。
草と草の間から垣間見る、空はどこまでも青くって、広かった。太陽の光が、キラキラと光って眩しい。
「たーいちっ!」
太一、そう自分の名前を呼ばれて立ち上がる。妙なことに、ずいぶん久しぶりなような気がして、心のどこかからか来る懐かさが変にくすぐったかった。どうしてか、思わず笑みがこぼれてしまう。声のした方を見ると向こうの方から緑色の草が押し倒され掻き分けられて、誰かがやって来るのが見えた。
「……ハツ?」
ハツだった。いつも通り長い髪を後ろで束ねて結っている。が、今日はどうしたことか少し洒落て、薄桃色に染めた麻紐をちょうちょ結びにしている。僕を見つけると、大声で笑って駆け寄ってきた。
「太一ったら、こんなところに居たんだね。どうしたのよ、そんな驚いた顔しちゃって……あたしの顔なんか付いてる?」ハツはおどけて目を見開くと、ずい、と僕に近寄ってきた。
「あ、いや。何も付いてないよ?なんか久々な気がしちゃっただけ。」
「何が?」
「うーんと…。ごめん分かんないや。」
変な感覚だった。何がこんなに久々な気がするのだろう。さっきまで川で弥助と魚を取って、少し昼寝していただけなのに。……さっきまで?
「太一の変なの。」考え込む僕を見て、ハツがからかうように言った。「そうだカイと弥助を待たせてるのよ、早く行かなきゃ!」
言うが早い、ハツは僕の手を握って強引にもパッと走り出してしまった。思わずこけそうになった態勢を急いで立て直して、ハツの後ろを追いかける。
「カイって、カイが?」
「なーにとぼけてんのよ。」ハツが呆れたように返事をした。「今日はお祭りよ。もう忘れたの?みんなでこの前約束したじゃない。」
「そうか……そうだったっけ。」
思い出せ、僕。そうだ、今日は待ちに待ったお祭りの日じゃないか。どうして僕は今までこんな大事なことを忘れていたのだろう。僕とハツと、弥助と、それにカイと。四人みんなで一緒に行く約束をしたんだった。急に、わくわくする気持ちがどこからともなく湧いてきて、変に胸がウズウズした。早くみんなに会いたい。早く、カイに会いたい。
緑の草原を抜けて、村境の川を渡って、神蟲村へ続く細いけもの道を夢中で走って走って。丘に着いたら滑り降りるように一気に下って。一昨日も歩いたはずのこの道が、やっぱりすごく懐かしい。久しぶり、そんな言葉がぴったりな感じがする。
それはまるで何年も昔の記憶を辿っているような、不思議な感覚で。
庄屋の家の前の、少し広場になっているところに二人は待っていた。
弥助はいつも通り少し不機嫌そうに笑っていて、小麦色に日焼けた腕を大きく振って僕の名前を呼んでいる。その隣では、弥助より頭一個分は小さい小柄なカイが、やっぱり弥助と同じように、色白な小さな手を僕らに向かって振ってくれていた。
「ごめんねー、カイに弥助。もう太一ったら原っぱん中で寝ぼけてたのよ。」ハツが二人にわざと僕に聞こえるように愚痴った。
「相変わらずアホだな。」弥助が皮肉っぽく笑った。「まぁ今日は許してやるべか。はよ行くぞおら。」
なんでか茫然としてしまった僕に、カイが心配そうに声を掛けてきた。
「太一、なんかどっか悪いの?ぼけーっとしちゃって……」
「ううん、」カイの心配そうな顔を見て、僕どうしちゃったんだろ、と内心自分で不思議に思った。「なんだか嬉しくって。頭がうまく回んなくなっちゃったの。」
笑いながらそう言うと、カイは安心したのか 良かった、と肩を落とした。弥助はやっぱアホだな、と毒づくと、ハツと一緒に神社への道をさっさと歩き出してしまった。
「ほら、私たちも行こう?」カイがそっと僕の手を握ってきた。にわかに、カイの体温が伝わってくる。温かい。「太一ったら、ほんと今日変よ。やだなもう、そんなに赤くならないでよ。」
「えっ、僕赤くなってる?」なんだか恥ずかしい。これじゃ、まるで。
「うん、真っ赤赤。」カイが僕を見上げるようにして笑いかけてきた。「ほら、与太話が過ぎるわ、だってハツたちあんなにもう先に行っちゃってるよ!そうだ、ハツたちのところまでかけっこしようよ。」
「えっ、ええ??」
カイは勝手によーい、どん!と叫ぶと走り出してしまった。慌てて後を追いかける。本気を出せばすぐに追い抜かせるような気もするが、多分そんなことしたらカイがご機嫌斜めになってしまうのでやめておいた。
「太一ったら、遅いよー!」
カイが振り向きざまにそんなことを言ってきた。その様子がおかしくって、くすぐったくて、たまらず僕は吹き出してしまった。
するとそれがカイの気に食わなかったのか、カイは走っていた足を止めると、怒ったように頬をぷくーっと膨らませた。
「何よ、どーせ僕の方がかけっこは速い、とか思ってるんでしょ。」僕の心の内を見透かしたような言葉に、一瞬ギクリとした。
「いや、そんな事思ってないよ……。」
するとカイはあはは、と陽気に笑い出した。「あたしだって前より足速くなってるんだからね!ナメてると後悔するよきっと!!」
元気よくそう叫ぶと、カイは一気に走り去ってしまった。は、速い……。冗談抜きで、負けるかもしれないな、と少し焦った。随分間も開けてしまったので、本気で力を込めて走った。お祭りの前の、少し蒸し暑くて騒々しい風が頬を掠めていく。ふんわりとどこかから漂ってくるおいしい匂いなんかもする。きっと、お祭り用の焼き餅を誰かが焼いているのだろう。
懐かしかった。こんな楽しい気持ちになったのは本当に久しぶりだ。
収まらない胸の鼓動は、少し苦しいくらいでもある。力の限り走りながら、カイの背中を追う感覚も。
全てがすべて、いつもと変わらない風景であるはずなのに、いつもより数倍輝いて見えた。数倍、愛おしく見えた。
◇
携帯のアラーム音が静かな部屋に鳴り響いた。
うるさい、そう思いながら枕元の携帯を開いて時間をチェック。朝の五時半である。
「あ…。俺今、おじさんち居るんだっけ。」
寝ぼけて半分も回らない頭を持ち上げて、とりあえず布団から出る努力をする。恥ずかしいことだが俺こと高橋任史、低血圧なのである。従って朝は人の数倍辛い。前にそのことを鈴木に言ったら、「低血圧とか女々しいなお前w」、と大爆笑されてしまった。今思い出すとなんだかムカつく。
ずるずると身体を引きづるようにして階段を下りると、衣田さんはもう起きていた。おはようございます、と挨拶をするとあちらも眠そうな声で挨拶を返してくれた。
「任史、お前随分だるそうだな。大丈夫か。」
「あー俺、恥ずかしいことに低血圧で……いっつもこんなんなんで気にしないで下さい。」
すると衣田さんはプッと吹き出した。「俺も低血圧だげげんと。あーこりゃ遺伝だな。大婆さんも生きてる頃は、毎朝こんなんだったんだ。おめぇのせがれもこうなるっぺよ。」
「はぁ。」なんだ衣田さんもだったのか。「そういえば今日練習いつからでしたっけ。」
「あと三十分で始めるぞー。」衣田さんがニヤニヤした。「けっこうしばいたるからな。覚悟せい!」
そう言い放つと、歯磨き歯磨きーとか歌いながら洗面所へと姿を消してしまった。俺も取りあえず荷物から服を上下一式取り出して着替える。……眠い。
「そういえば……カイコ居ないな。」
朝になれば戻って来るかも、そう思っていたのだが、期待は外れカイコはどこにも居ないようだった。一体、どこに行ってしまったのだろう。
でも不思議なことに、昨日の蟲神様との信じられないような出来事もあってなのか、俺にはカイコは無事だという確信があった。決してこれといった根拠があるわけではない。けれど、直感的に大丈夫だ、と勘が告げているのである。こういう時の勘は昔から大抵当たっている。
簡単な朝食を済ませて、衣田さんと一緒に外に出た。
朝の外気は、ひんやりと冷たくて湿っていて、マイナスイオンだか何だか知らないが、そういう感じの健康に良さそうなものが充満しているような気がする。四方八方が山に囲まれているだけあって、まさに空気がおいしい、って感じである。
一番近くの家の西側にある山を見上げると、山腹の真ん中らへんから、ずっと天まで白い霧がかかっていて何も見えなかった。その霧の中から、盛んに鳥の鳴く声が延々とこだまして聞こえる。ここの山は前カモシカが出たんだぞ、と衣田さんが自慢げに付け加えた。