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Re: 小説カイコ ( No.252 )
日時: 2012/08/25 21:46
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
参照: 夕方過ぎると元気が異常に出るのは何故だろう…


「そこ右足〜」衣田さんがもう何回目聞いたことであろうセリフをやんわりと言い放った。「はいじゃあもう一回な。」
「……はい。」

神子レッスン始まって既に五時間経過。毎年お祭りの最後にやるという奉納舞の練習をしている訳だが、これがなかなか難しい。いや、決して難しくはないのだろうが俺にとっては相当難しい。

「任史ー、また猫背になってんぞい。」言いながら、衣田さんはアクエリのペットボトルをこちらに転がしてきた。一時休憩の意味だろう。
「さーせん、注意します。」転がってきたペットボトルを左手で止めて、すぐに一口飲んだ。……非常に美味しい。
「ちょっと休もうか。けっこうサマになってきたしな。」
「え、そうですか?」まだまだ全然かと思っていたので、素直に嬉しかった。「でもあれですね、想像してた以上に結構難しいです。」
すると衣田さんはうんうんと頷いた。「難しいよなぁ。でも任史は由紀子の三倍は覚えがいいぞ。 さて、もう少し休んだら再開すっぺ。」



                         

その後、昼食を挟んでも何だかんだで午後二時には練習は終わってしまった。予定よりかなり早い。それに衣田さんがやけに 上手い上手いと褒めてくれるので何だか得意になってしまう。
衣装の袴と白衣を合わせに、大叔母にあたる高橋のおばさんの家へ向かった。ちなみに、この村の人の苗字はみんな衣田か高橋のどちらかだというから驚きだ。正真正銘、生粋の田舎なのだ。
久々に会った高橋のおばさんは昔と変わらず華奢で上品な老婦人、といった感じだった。一番気になったのが、その細い手首に付けている腕時計がかなりデカく、そしてかなり厳めしいデザインの黒のデジタル時計であることだった。息子の贈り物なのよ、とおばさんは上品にほほほ、と笑ったが、どうもギャグかなんかにしか見えなかった。
おばさんの家の広い庭の中を通されて、これまた大きい蔵の中を案内された。ひんやりとした蔵の中は薄暗く、すごく広かった。蔵の中、目に付くものはどれもこれも古っぽくて、木でできていて、ああ、大昔から続いてる家なんだなとぼんやりと思った。

「わーすごい、これ機織り機ですか?」
小さな格子の窓から差すささやかな光に照らされて、一際目立つものがあった。歴史の資料集かなんかでしか見たことがなかったが、多分これが機織り機というものなのだろう。

「そうそう、任史君よく分かったわねぇ。最近の若い人は知らないかと思ってたわ。」おばさんは嬉しそうに目を細めると、機織り機の黒ずんだ木の支えにそっと手を伸ばした。「でもねぇ、もうこの子を使える人は居ないし、かと言って捨てられるものでもないしでね。この子には可哀想だけど、たぶんこの先もずっとここでお蔵入りでしょう。」
「そうなんですか。ちなみに、これってどのくらい前のものなんですか?」
「そうねぇ」おばさんは細い人差し指で自分のこめかみを抑えた。おばさん流の過去の思い出し方だ。「私が生まれた時にはもうあったし……私の母も昔からあったと言っていたし……。ごめんね、よく分からないわ。でもすっごく昔からあるものなのは確かよ。」そう言うおばさんは、心なしか誇らしげでもあった。

そんなこんなでしばらく蔵の中を歩き回った。どこかに袴と白衣、その他もろもろのセットが一式箱に入って置いてあるそうなのだが、それがなかなか見つからない。
「お。これじゃないっけね。」衣田さんが少し離れたところから声を上げた。見ると、やけに巨大なタンスの上に、厚みの細い木製の箱が何段か積みあがっている。おばさんが近寄っていき、ああ、それよと頷いた。それからみんなで四苦八苦しながら箱を降ろし、大きさを確認して、ちょうどいいのを一つ選んでからまた他の箱を元に戻した。長い歴史の上に積もった埃は信じられないくらい大量で、蔵を出るころには俺を始め衣田さんもおばさんも服が灰色一色になってしまっていた。

蔵からおばさんの家に戻って、一息ついて、衣装を全て箱から取り出した。袴が思っていたよりも派手な色でびっくりした。水色とエメラルド色の真ん中くらいの明るい色である。
「袴ってこんな派手な色だったんですね。水色っていうか、エメラルド色っていうか。」てっきり黒とかそんな色かと思っていたので、少しびっくりした。
「浅葱色、って言うのよ。綺麗な色でしょう?でも、埃すごかったわねぇ。やっぱり掃除しないといけないかしら。」おばさんが疲れたように言った。
「やめとけ、余計に埃が出っくるだけだべ。俺らが死んだ後ぐらいに、誰かが掃除してくれることを期待するよ。」言いながら、衣田さんは俺の肩をぽん、と叩いた。俺が掃除しろ、ということなのだろうか。
するとおばさんは可笑しそうに笑った後、台所から次々と食べ物を出してきた。この地域では珍しい来客があるともれなく食事をさせていくという習慣がある。よって親戚周りをするととりあえず食わされる。しかもさっき、ここに来る前に昼飯を食べたばっかりだ……

「食べて食べて。」ニコニコしながらおばさんは色とりどりの小皿にわらびの煮付けやコイの甘煮、アケビやずんだ、生姜など次々に並べていった。楽しそうに並べるので 実はさっき昼ごはん食べちゃったんです、なんて言える雰囲気ではない。しばらく考えを巡らせた後、とりあえずわらびから頂くことにした。