コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.296 )
- 日時: 2012/08/12 19:07
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
- 参照: http://id27.fm-p.jp/data/430/irasutodeno/pub/6.png
◆
「おーい、早くしろ、もう十五分経ってるぞ。」
成田空港駅、人身事故発生から十五分。
騒ぎの後、すぐに事故処理班が到着し、ブルーシートを慣れた手つきで颯爽と広げると、周囲の柱を器用に利用して、立ち入り禁止のテープを張っていった。その端では、事故車両から出てきたまだ若い車掌が、青白い顔になって取り調べを受けている。無理も無い、はじめての事故だったのだろう。
幸い、部下の報告を聞く限り、最悪のケースは逃れたようだった。
最悪のケースとは、車両の下に遺体が入ってしまうこと。車輪や車軸に巻き込まれるとあと処理が大変なことになってしまう。
に、しても。
何か変だ。ベテランの勘がそう告げる。
まず最初に、事故後特有の、嫌な臭いが全くしないこと。これはおかしい。
二番目に、車体が全く汚れていないこと。普通なら電車の顔面、スカートと呼ばれる部分にびっちりと赤黒い液体が付く。それが、どこにも見られないのだ。
それに……
「おい、まだ見つからんのか。」少しイライラしながら、線路下の作業員に声を掛ける。
「すみません、急ぎます。」
作業員が、額に浮いてきた汗を右手の甲で拭いながら言った。
一番おかしいこと。遺体がみつからない。
全身が揃わなくて、警察の検証が終わらずにイライラすることはよくある。しかし、今回は違うのだ。一部さえ見つからない。
「あの……!」
少し離れた線路の上で作業していた班員が大きな声を上げた。すぐに、駆け寄る。
「どうした、やっと見つかったのか。」
ほっと安堵して肩を下す。しかし、若い作業員は首を横に振った。
「いや……、ここよく見てください。」静かな声で、足元を指差す。「レールが……、レールが、溶けているんです……。」
「はぁ?そんな馬鹿なことあるか。」
腰をかがめて、ベルトに挟んでいた小ライトで照らしだす。驚くことに、確かにレールがドロドロに溶けて、もとの形からかなり変形してしまっていた。
そしてその周りには、謎の黒い液体。液体からは、シュウシュウと、小さく獰猛な音がしている。そして、それと同時に白い煙を上げながら、線路の金属を溶かしているようだった。……見るに、どうやらこの黒い水がレールを溶かした犯人らしい。
それは強いて例えるなら、火山の噴火の後のようで。
シュウシュウと、足元のレールから相変わらず小さな音が燻っている。周囲の、人の騒ぎたてる雑音など全く気にもならない。
血の香りも、血の跡も一切無い事故。
見つからない遺体、黒い液体、溶けたレール。
「一体どうなってるんだ……。」
その時ふと、どうしてこんなところに現れたのか————————— 真っ黒な蝶が、目の前からふわりと飛び去って行った。
◆
「ひっどいなぁ。」
ツー、と、唇から、真っ黒な血が溢れ出て、白い肌に跡を残していった。
事故処理班がありえない状況に慄いている最中。
立ち入り禁止のテープの向こう側、一般人たちがごった返すホームの中に、一人、土我は立っていた。
「ひっどいなぁ。」
再度、誰に対してでも無く呟く。ごった返す人ごみは、誰一人として土我に注意を払おうとさえしない。
ツー。
黒い血が、また一筋、口からこぼれていった。冷たい水が肌を下って行くみたいに、自分の冷たい血が、懲りずにまた黒い線を引いていく。
さすがにこのままじゃ、みっともない。まるで毒を含んだかのような真っ赤な舌を、少し出して、ぺろりと舐め取った。……うん、やっぱり最高に不味い。
「—————— ひっどいなぁ。ひどいひどい。最近の女の子は怖いって言うけど、まさかあそこまでとはね。ひどいひどい。ねぇそう思わない、蛇姫?」
自分を線路に突き落とした、額に赤の入れ墨があったあの女の子を思い出しながら言った。
『申し訳ございません、あれは多分わたくしの姉の遊黒です。ほんとうに申し訳ございませぬ。』
姿の見えない声。本当に申し訳なさそうに、必死に謝りながら、少し怒りを含んだ声。
「ううん、謝らないでよ。蛇姫は何も悪くないのだから。それにきっとお姉さんも命令されてやっただけなんでしょ、あの偽物に。」
『申し訳ございません…… 』
「もういいってば。さぁて、これからどうしよう。とりあえずお腹減ったな。」
ホームを見回すと、当然だが事故のおかげでかなり混雑していた。ここが混雑しているということは、他の場所は人が少なくなっているということか。
作戦変更。ここからさっさと我島岡に行ってしまおう。お腹も減ったことだし。